倉庫 汎用

□独房からの革命
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暖色の照明に彩られた独房を前に、アードライは両脇を兵士に固められ立っていた。
彼の目的は一つ。
世界で初めて確認された不死身の“特定危険生物7号”。その少女に、どうしても聞かなければならないことがあった。

「時間になったら呼んでくれ。必ず、合言葉を確認してから扉を開けるように。怪しいと思ったら絶対に開けるな。わかったら復唱を」
「時間になり次第、特務大尉より合言葉を確認。異常なければ解錠します!」
「よし、開けろ」
「ブリッツゥン・デーゲン!」

尋問のため、彼に与えられた時間は30分。
見張りの兵士達に施錠を任せ、彼は単身独房の中へと足を踏み入れた。
中では後ろ手に拘束された少女が、床にぺたりと座り込んだままぼんやりと彼の姿を見上げていた。
彼女の名前は流木野サキ。ヴァルヴレイヴW号機のパイロットであり、心臓を貫かれても死ぬことの無い不死身の生き物。
サキは現れた彼を暫く黙って彼を眺めていたが、やがて関心を失ったようにすっと視線を外した。
敵と会話をする気はない。そんな様子の彼女だったが、アードライは構わず彼女の視界に立ち塞がった。

「どうした。脱牢のチャンスだぞ。私の体を乗っ取って逃げなくていいのか」

軽く挑発してみるものの、彼女は依然として動かない。

「質問に答えろ。カーツベルフの体を乗っ取っていたのだろう。ならば私を殺す隙はいくらでもあったはずだ。なぜ殺さなかった?」
「…………」

今度は明白(あからさま)に視線を逸らし、アードライを視界に入れまいとする。
細やかな抵抗のつもりなのだろう。

「答えるつもりは無い……か。ならば本題の方に移らせてもらうぞ」

アードライは肩を竦めると、右手を腰に当てて鋭く彼女を見下ろした。

「エルエルフの事だ」

彼女はやはり目を逸らしたまま、僅かばかり顔を俯かせる。
その拍子に、はらりと彼女の髪を束ねていたリボンが床に落ちた。

「流木野サキ、あの時お前もあそこに居たな」

ドルシア軍が――彼が初めてモジュール77の地に足を踏み入れたあの日。
信頼していた仲間に銃を向けられ、左目を失ったあの時。
彼女は確かにその場に居合わせていた。
動揺する学生達の中で、酷く落ち着いた目をしていた彼女のことを、彼はよく覚えている。

「私の目を撃ったのは――」
「あなたの想像通りよ。あなたを撃ったエルエルフはジャックされていた」

彼の言葉に割って入るように、彼女はあっさりと答えを返した。
その声音には、何処と無く諦めの色があった。
或いは憔悴であろうか。
そんな彼女の返答に、アードライもまた目を伏せて呟いた。

「やはりそうか。エルエルフ……お前は……」

共にドルシアの革命を目指した同志は、アードライを裏切ってなどいなかった。
敵に操られ、祖国に銃を向けられても尚、彼は革命のために今も戦っていた。

「信じ切れなかったのは、私の方だった」

そんな自分より時縞ハルトを選んだ彼を、一体どうして責めることが出来るだろう。
何も知らなかった己の愚かさに、アードライは自嘲する。
その姿を横目に見ながら、サキは不意に口を開いた。

「エルエルフなら、別に気にしてないと思うけど」

するとアードライは瞠目し、驚いた様子で彼女を見下ろした。

「……何よ」
「いや、慰めてくれているのかと思ってな」
「あなた馬鹿じゃないの」

彼女はつんとそっぽを向き、彼の言葉を否定する。
そんな彼女の姿に微かな笑いを零しながら、彼は次の質問へと話を進めた。

「あのヴァルヴレイヴという機体には、お前達咲森学園の生徒しか乗れないと聞いたが……本当か?」
「そうよ。残念だったわね」

当て付けのように吐き捨て、サキはギロリと彼を睨む。
けれども彼は気にするどころか、むしろ安堵の表情を浮かべて彼女に応えた。

「いや、それでいい。あの機体にエルエルフが乗っていたなら、私は今ここに立っていなかったはずだ」

長く共にいたアードライだからこそ、エルエルフの腕前は誰よりもよく知っている。
一人旅団と謳われたエルエルフがヴァルヴレイヴを手に入れていたのなら、彼は今頃生きてここにはいなかっただろう。
謙遜でも贔屓目でもなく、それは純然たる事実。
彼(か)の兵器を使えないことは慚愧にたえないが、この点だけは彼にとって幸いであった。

だが一つ、彼には気になることがあった。

「もしも――もしもお前達の他にもあの機体を動かせる者がいたとしたら……」

彼は唯一人だけ、ドルシアの人間でありながらヴァルヴレイヴを操縦出来る者を知っている。
未だ彼(か)の兵器が自分達には扱えないとも知らなかった頃、その人物は一時的にそれを奪い、操縦することに成功していた。
あれが咲森学園の生徒にしか扱えない代物であるのなら、何故あの人物はヴァルヴレイヴを用いることが出来たのか。

「――いや、何でもない。忘れてくれ」

アードライは首を振り、取り繕うように表情を和らげた。
サキはそれに何と返すこともなく、こてんと壁に頭を凭れさせた。
強い意思を感じさせた彼女の瞳は、既に立ち向かうことを辞めていた。
その諦めの表情を、彼はこの国で何度も目にしてきた。
戦乱に疲れ果てた国民。かつて見殺しにした戦友。自由を奪われた血族達。
思い浮かぶ一つ一つを噛み締めながら、不意にアードライは尋ねた。

「お前には……お前の目には、ドルシアはどんな国に見える?」

サキは壁に持たれたまま彼を見上げ、嘲るように鼻で笑った。

「卑劣で最低な人殺しの国。でも何処も同じよ。ARUSも、中立だって言いながら学園の地下でヴァルヴレイヴを作ってたジオールだってそう。みんなやってることは変わらない。だから嫌いよ、こんな世界」

国に、世界に裏切られた子供達の、それが偽らざる本音なのだろう。
ヴァルヴレイヴという兵器を与えられたが故に、彼等は見たくもない現実を突きつけられ、戦うという困難な道を選択した。

「だが嘆いているだけでは何も変わらない」
「そうよ。だから私はヴァルヴレイヴに乗ったの。人間を辞めてでも、この世界に殺されないために」

その結果がこれだと自嘲し、彼女は俯いた。
後ろ手に縛られた手を握り締め、口惜しそうに瞳を揺らした。
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