倉庫 汎用
□友情の値段
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「なんでないんだよ!!」
そう叫ぶ時真慎一郎を見掛けたのは、放課の時間をとうに過ぎた夕刻のことだった。
空は淡く茜色に染まり、間もなく血腥い夜が来る。
本来なら真っ先に教室を出るであろう彼が残っていることに驚きながらも、鞆総逸樹はおずおずと、床にしゃがみこむ彼に声をかけた。
「どうかしたの?」
途端、慎一郎はびくりと肩を跳ねさせ、化け物を見るような顔で逸樹を顧みた。
「……なんだ、あんたか」
自分の他に人が残っていると思わなかったのだろう。相当驚かせてしまったらしい。
「珍しいね、君が残ってるなんて」
逸樹は人の好い笑みを浮かべ、自然な動作で彼の背に歩み寄った。
「何か探し物?」
尋ねながら、逸樹は慎一郎の手元を除き込む。
床に散らばるペンケースや教科書を見るに、逸樹の予想は間違っていないようだった。
それを証明するかの如く、慎一郎は散らばるそれらを鞄に戻しながら答えた。
「ねぇんだよ、財布が」
「財布?」
「こう、黒くて、赤い線が縦に一本入った長財布」
言いながら、慎一郎はペンケースを持ち上げその左端に人差し指を押し当てた。
財布の模様を再現しているのだろう。
「学校には持ってきてたんだよね?」
「当たり前だろ!確かに昼まではあったんだ。それが、気が付いたら何処にもないんだよ……」
肩を落とし、慎一郎は閉じた鞄を机に叩き付ける。
よほどの金額を入れていたのか、中に大事なものを入れていたのか。何れにせよ彼の落胆は大きいようだった。
役柄としても個人としても、探し物に協力したいのは山々だが、如何せん時間が悪い。
「とりあえず、今日はもう遅いから帰った方がいいよ。夜になるとまずい」
「けど!!」
「お金なら僕が貸すから」
いくら護符を持たされているとはいえ、夜間の外出は危険極まりない。
それに加え、七原文人からは定時以降の外出を固く禁じられている。逆らえばどうなるか、わかったものではない。
それでも慎一郎は不服そうだったが、やがて諦めたように頷いた。
「それで、幾ら必要なの?」
「とりあえず夕飯さえ買えれば……」
逸樹は財布を取り出し、手持ちの額を大まかに数える。
大した金額を入れてこなかったが、夕飯代程度なら貸せるだけありそうだ。
この町の物価から考えても千円あれば十分なはず。そう思い千円札に指を触れたところで、彼はふと思い付いた。
「そうだ、良かったら夕飯一緒に」
「食わねぇよ」
「買いに行かない?僕の奢りで」
「…………」
この町にスーパーは一つだけ。
寄る店が同じなら、会計を一緒に済ませてしまえばいい。
慎一郎は一瞬の躊躇を見せたものの、口に出して嫌だとは言わなかった。
それが答えなのだろう。
「決まりだね」
逸樹はそう言って微笑むと、財布を閉じて鞄に仕舞った。