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□晩秋
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【時真慎一郎の場合】


時真慎一郎はその日、珍しく畦道で蹴躓いた。
遠くで飛ぶ鴉に目を向けたのが運の尽き。
罠のように輪を作った雑草に足を取られ、体は前に大きく傾いだ。
持ち前の運動神経で転倒こそ免れたものの、咄嗟に出した左足が土を蹴り上げ、跳ねたそれは彼の頬へと飛散した。
口の中にも入ったのか、何処からか砂の擦れる音もする。
慎一郎は忌々しげに唾を吐き出し、右手の甲で頬を拭った。

「……チッ」

頬の汚れは我慢出来るが、口に入った砂粒は不快だ。
幸い近くに小川があったことから、彼はそちらへふらふらと歩み寄った。
川は意外にも澄んでおり、飲めはしないだろうが汚れを落とすには十分綺麗だと言えた。
慎一郎はそこに両手を入れると、まずは右の手の甲を、次に汚れた頬をそれぞれ洗った。
澄んだ水は一瞬濁り、それらを押し流して川は流れる。
一通り汚れが落ちると、いよいよ口を漱ごうと水を掬い上げた。
その手の中に、不意に一枚の葉が流れ込んできた。
植物に詳しくない慎一郎には葉の種類などわからなかったが、紅葉のようなものだとは理解出来た。
川沿いに紅葉でも生えているのか。
川上に目を凝らしてみるも、それらしい木は見当たらない。
慎一郎は首を傾げながらも、手で作った皿を解いて葉を流れの中に戻した。
葉はするりと流れに溶け込み、何事もなかったかのように去っていく。
それを見送ることもなく、慎一郎はまた水面に両の手を沈めた。
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