倉庫 汎用

□猛き者よ
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放課後、一同は中身のない授業を終え、逃げ出そうとする時真を引っ捕らえ、大所帯で浮島神社へと足を運んだ。

「「お邪魔しまーす」」

ステレオよろしく双子が声を揃えて挨拶をすれば、小夜はクスクス笑いながら「どうぞ」と言葉を返した。
そんな一同が招かれたのは、母屋ではなく広い道場。

「私の部屋では狭いかと思いまして」

小夜の私室でないことに、逸樹は僅かに落胆の表情を見せた。

さて、話を合わせるのはここからだ。
存在しない古文の授業。
当然教科書もノートもあるはずがない。
如何にして偽りの記憶と辻褄を合わせるか。
一同が固唾を飲んで状況を見守っていると、小夜は私室から何冊かの本を手に道場へ戻ってきた。
本は教科書やノートの類いではない。
これならば十分に話を合わせられると、優花は早速話を振り始めた。

「テストの範囲ってどこだった?」

小夜はすかさず一冊の分厚い本を差し出す。

「平家物語だそうです」
「また随分とメジャーどころを……」

古めかしい表紙のその本には、確かに平家物語と大きく記されている。

「あたし知ってるー。祇園精舎の鐘の声ー」
「奢る人も久しからず!」
「驕れる者も、ね」

本気か演技か図りかねる双子の言葉に、頭を押さえながら優花が訂正する。

「皆さんご存じなんですか?」
「有名だからね」

広く知られたこの古典作品も、小夜には初めて触れるものであるらしい。

「時真さんもご存じなんですか?」
「…………」

急に話題を振られ、これまで沈黙を守ってきた慎一郎は僅かに驚いた顔を見せた。

「いやいやー」
「知らないでしょー」

ののとねねは小馬鹿にしたように言葉を揃える。
慎一郎はそれに少しムッとした表情を浮かべ、おもむろに目を閉じて口を開いた。

「“君はいまだ知ろしめされさぶらはずや。先世の十善戒行の御力によつて、今万乗のあるじと生まれさせたまへども、悪縁に引かれて、御運すでに尽きさせたまひぬ。まづ東に向かはせたまひて、伊勢大神宮に御暇申させたまひ、その後西方浄土の来迎にあづからむと思しめし、西に向かはせたまひて御念仏候ふべし。この国は粟散辺地とて心憂き境にてさぶらへば、極楽浄土とて、めでたき所へ具しまゐらせさぶらふぞ。”」

これには一同、目を見張った。

「ええと、それは何ですか?」

おずおずと尋ねる小夜に、慎一郎は即答する。

「平家物語、十一巻。先帝身投」
「十一巻、ですか?」

慌てて優花が該当する箇所を探せば、彼の言う通り、きちんとそこに同様の文が記されていた。

「すごーい」
「丸暗記だー」

双子は本心から驚いた様子で慎一郎を見遣り、小夜も羨望の眼差しで彼を見詰めた。
面白くないのは逸樹である。
秀才キャラを掠め取られた彼は、青筋の浮かびそうな白々しい笑顔で慎一郎と対した。

「平家物語で一番泣けるところだよね。僕も好きだよ、そのくだり」

それが事実か否か、取り残された女性陣に推し量ることはできない。
そんな一同の心中を察してか、逸樹は女性陣に――特に小夜に向かって口を開いた。

「まだ子供だった安徳天皇と身投げをするときの、祖母二位尼の台詞だよ。“あなたは知らないかもしれないけれど、前世で沢山いいことをしてきたから、万人の主として生まれました。けれどその運もここで尽きてしまった。これから極楽浄土へ行きますよ”って」
「死んでしまったのですか!?」
「そう言われているね」

遥か昔の物語に、小夜は大層驚き、悲しんだようだった。
 
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