倉庫 汎用

□猛き者よ
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日付も知れない昼休み。
いつものように弁当を広げ、くだらない世間話に興じ、何事もなく過ぎていくはずのその日に、更衣小夜はおかしなことを口走った。

「勉強会をしましょう!」

あまりに高らかな宣言に、ミニトマトを口に運びかけたまま網埜優花は手を止めた。

「勉強会?」
「そうです!明日は古文の小テストをすると先生がおっしゃっていましたし……。ダメ、でしょうか……?」
「古文ねぇ……」

小夜の必死の訴えに、優花は小首を捻って考える。
果たしてこの学校に古文の授業など存在しただろうか。教師といえば筒鳥香奈子がいるものの、彼女の担当教科は古文ではなく理科だったはずだ。
探るように鞆総逸樹と求衛姉妹に視線を向けると、彼等も不思議そうに首を傾げた。
七原文人に記憶でも弄られたのだろうか。
何にせよ、小夜がやりたいと言うのなら彼女達に断る理由はない。

「私は構わないけど」

優花が頭を縦に振ると、求衛姉妹も続いて声をあげた。

「私もー!」
「小夜ちゃんがやりたいって言うなら大歓迎!」

甲高い双子のはしゃぎ声に、柔らかな笑みを浮かべて鞆総逸樹も手を挙げる。

「僕も、ご一緒してもいいかな?」
「勿論です!」

下心など知らない無垢な化け物は、逸樹の申し出に快く頷いた。

「逸樹くんがいれば満点間違いなしだね」
「何せ委員長だもんね」
「期待に答えられるといいんだけど」

とても演技には見えない自然な所作で、逸樹ははにかむような笑みを見せる。
そんな名演技も、小夜の前では壁の染みも同じ。
彼女はすっかり彼等への関心を失うと、あさっての方向を向いて声を張り上げた。

「時真さん!」

見ればそこには時真慎一郎が、昼食もとらずにふらりと歩いている。

「時真さーん!」

もう一度声を張り上げ、小夜は彼のもとへと一目散に駆けていく。
しかし当の慎一郎は、嬉々として接近してきた小夜に何の関心もないといわんばかりの冷めた目を向けた。
それに臆することもなく、小夜は彼に詰め寄る。

「あの、時真さん!」
「?」
「勉強会、しませんか!」
「断る」

返事は早かった。
馴れ合いは彼の役柄では有り得ない。勉強会になど参加できるわけがない。
けれど小夜は諦めを知らなかった。

「委員長も優花さんも、ののさんもねねさんも来るんです。時真さんも一緒に勉強しましょう!」
「…………」

返答に窮し、慎一郎は遠巻きにこちらを見る逸樹達に目を向けた。
彼等は黙って頷き、勉強会に参加するよう促す。
それを見届けた慎一郎は、諦めたような呆れたような顔をして小夜に頷いてみせた。

「わかった」
「本当ですか!ありがとうございます!」

純粋に喜ぶ小夜に、彼の心境は複雑だった。
 
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