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□君に寄り添う 先生編
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山口が珍しく熱を出した日、僕は彼を病室に缶詰めにした。
峰には過保護だと抗議されたが、何かあっては山口のご両親に申し訳がたたない。
なんて、そんなことすら言い訳で、結局は峰の言う通り、僕は単に過保護なのかもしれない。
仕事の合間も彼のことを考えては、患者にすら指摘され笑われた。
先生はまるで恋の病にかかったみたいだと、そう言って笑ったのは誰だったか。
けれどもそれは少し違っていて、僕は山口に惚れているわけではなく、かといって友情や、まして同情で彼を気にかけているわけでもない。
あれは僕の一部だ。僕はそう思っている。
隣にいることが、共にあることが当たり前の存在。いわば僕の半身だ。
指先だろうと脳天だろうと、身体の痛みなら必ず自覚し気にかける。そういうものだ。
結局その日は患者もろくに訪れず、僕はもて余した時間のほとんどを使い、山口の隣に座っていた。
30を迎えた彼の顔には、今もチャームポイントのそばかすが散らばっている。
あどけない寝顔に、熱で上気した頬。昔と何も変わらない、無防備な彼の顔。
その顔をぼんやりと見下ろしていると、不意に彼が目を開いた。

「………」

焦点は定まらない。おそらく寝惚けているのだろう。
彼はぼんやりと僕の方を眺め、熱に浮かされるように言葉を紡いだ。

「ツッキー」

嗄れた声で、はっきりと。

「山口?」

思わず問い返すと、刹那、彼の目が焦点を結んだ。

「ツッ……キー?」

数年振りに、山口が僕を呼んだ。
僕の目を見て、僕を呼んだ。
心臓が止まるかと思うほど驚いて、泣きたくなるほど嬉しくなった。

「うん。こうしてお前に会うのは久し振りだね」

本当に久し振りだった。彼が僕を「ツッキー」として認識したのは。

「ごめんね。ツッキー。俺……忘れちゃった」
「わかってる。お前のせいじゃないよ」
「でも……」
「大丈夫。僕はちゃんと待ってるから」

額に浮かぶ汗を拭い、張り付いた前髪を払う。
まだ発熱が酷いのか、山口の意識は朧気だ。

「ツッキーと会えるなら、ずっと夢を見ててもいいかなぁ」
「馬鹿。僕はそんなにサービスしてあげないからね」
「ツッキーのいけず」

くすくすと笑うその様は、酔っ払いの姿に酷似している。
きっとかれは半分夢の中にいて、だからこそ僕を僕として認識しているのだろう。
彼はまだ、僕を思い出したわけじゃない。
だが同時に、彼の中にあった僕の記憶が消えてなくなったわけでもないと証明された。
そして記憶が残っているのなら、いつの日か彼が僕を思い出す希望になる。

「大丈夫。約束するよ。お前が僕を思い出したら、必ず会いに行ってあげる」
「本当……に?」
「うん」

どうせ僕は生涯山口を手放す気はない。
看護も介護も喜んで引き受けるつもりだ。
急ぐことはない。
僕と山口はいつまでも共にある。
そのことを覚えていてほしくて、僕は彼と指切りをした。

「待ってるよ、ツッキー」
「僕も。待ってるから」

例えこの約束を、明日には忘れてしまうとしても。
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