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□100年の契約
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むかしむかし、大国の北に小さな農村があった。村は裕福ではないが貧しくもなく、村人の顔にはいつも笑顔が溢れていた。
そんな折、戦争が始まった。巨大な国を二分する戦争だった。
北の農村は始めこそ帝国軍の庇護下に置かれ、火の粉を浴びることはなかった。けれども開戦から一年が過ぎると、村の生活は徐々に苦しくなっていった。
男達は戦に駆り出され、残された女子供が必死に田畑を耕して。それでも苦しい生活に、一人、また一人と体を壊して倒れていった。
村に暗い空気が漂い始めた頃、一人の少年がひょっこりと村を訪れた。プラチナブロンドの髪に新雪のような白い肌。国のどこを探しても見たことのない人種の少年だった。
彼は自らを悪魔だと名乗り、村人に願いを尋ねた。

「あなたの願いを教えてください。どんな願いでも一つ叶えましょう」

彼はそう言って皆に手を差し伸べた。
村人にはもう、それを払い除けるだけの強さは残されていなかった。

最初に契約を結んだのは村の外れに住む老婆だった。一人息子を戦で失った彼女は、悪魔の手を握ってこう願った。

「アタシの息子が守ろうとしたこの村を、アンタが支えてやってくれよ。村の男手としてさ」

悪魔はそれに微笑んで、彼女の手を握り返して頷いた。

「承りました、お婆さん。僕があなたの息子さんの分まで、この村を支えていきましょう」

その期限は老婆の息子の天命まで。しかし老婆はそれで満足だった。それだけあれば戦は終わり、村の男達も帰ってくるだろう。そう思っていた。
ところが、戦は皆の予想よりずっと長引いた。革命軍の進撃は凄まじく、彼等は開戦から3年で新たな国を築くに至った。
一つの国の内戦は、気付けば2ヵ国の領土争いへと姿を変えたのだ。
村は更に荒れた。悪魔の働きでも支えきれないほどに、村の生活は苦しくなった。
そうしてついに、戦がやって来た。
小さなこの農村が、戦争の舞台になった。
家は燃やされ、田畑には屍が転がった。西に共和国、東に帝国。どちらの兵も正気ではなく、民間人であるはずの村人を平気で殺し回った。
一つ、また一つと増えていく屍。やがて最後の一人になった少女も、凶弾に倒れて地に伏した。
悪魔は彼女の手をとって尋ねた。あなたの望みは何かと。
彼女は微かな笑みを浮かべて、彼に囁くように願いを告げた。

「スレイン、どうか――」

どうかこの村に平和を。
 
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