倉庫 TOA
□灰燼
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自分の場所を取り戻す。
あのレプリカから!
【灰燼】
師匠に誘拐され造られた俺のレプリカ。同じ顔をして、髪の色は少し薄くて、中身はからっぽの人形。
そんな奴に、俺の居場所は奪われた。
「ほら、ルーク。こっちよ!」
どこからどう見たって別人の――酷く似てはいるが――俺ではない奴に、母上は慈愛に満ちた笑みを向けていた。
「う、あー、あ」
奴は俺の名前を呼ばれ、縺れる足で母上を目指し歩く。
だが上手く動かない足ではすぐに転び、奴は途端に大声で泣き出した。
「あらあら、痛かったわね、ルーク」
みっともなさに顔から火が出そうだった。
こんなものは俺じゃない!断じて俺じゃないんだ!!
これ以上恥は曝せない。
あんな屑に俺の名を騙らせてはいられない!
だから俺は、奴を始末してしまおうと考えた。
勝手知ったる我が家だ。誰にも見付からず自分の部屋に侵入することなど造作もない。
足音を立てず、息を殺し、夜闇に紛れてそっと扉を開けると―――
「あー」
「っ!?」
どんな間抜けな顔で寝ているかと思ったが、奴は窓辺で両手を上げて何やら唸っていた。
「あー、あっ、あーあー」
何を言っているのかはわからない。何も言っていないのかも知れない。
からっぽの人形は、言葉も概念も知りはしないのだから。
「おい、レプリカ」
試しに呼んでみると、音に反応したのか奴はこちらを見た。
「うー、あ」
同じ顔の俺を見ても表情は変わらない。
当たり前だ。こいつは人の顔を見分けていないのだ。
だから悲鳴を上げられることもない。
「出来損ないのレプリカが!」
「うー?」
「すぐに貴様を無に帰してくれるわ!」
「あー!」
殺してやると言っているのに、奴は何故か楽しそうにきゃっきゃと笑う。
相変わらずあーだのうーだのしか言わないが、今までとは打って変わり明るい表情だった。
「……死にたいのか、屑」
「あー!」
「痛いぞ」
「うー!」
「もう二度と、父上や母上には会えないんだぞ!」
「あー」
底抜けに明るい、無垢なその顔が憎らしくて、俺はついに剣を抜いた。
「そこは、俺の場所だったのに!!」
大きすぎる剣は俺の身体を振り回し、レプリカのすぐ隣に突き刺さる。
「?」
外しても奴は逃げない。
転べば泣く癖に、剣で襲われても驚きもしない。
「なんで!なんで逃げないんだ!」
わけがわからなくて、俺は不思議と泣きたくなった。
悔しくて、虚しくて、そして猛烈に悲しかった。
「お前が師匠と行けばいい!ここは俺の居場所だ!なのにどうして!どうしてお前みたいな屑のレプリカが――」
剣は握らなかった。
ただがむしゃらに、力任せに奴を殴った。
痛みさえあれば、危険を理解出来ないこいつでも泣いて喚くに違いない。
なのに――
「うーう」
レプリカは俺を、母上がしてくれたように抱きしめて頭を撫でた。
「うーう、うーう、あー」
「何、してんだよ……」
「うーう、うーう」
「触るなよ!屑が!」
「うーうーう!」
引き剥がそうともがいてみても、奴は驚くほど強い力で俺の身体を引き留めた。
「うーう」
同じ顔で、同じ声で、偽物の俺が慰める。
否、慰めるなんて考えも奴にはないのかも知れない。
ただ自分がされたことを、俺に反復しているだけ。
そして奴が繰り返し口にしている音もきっと――
『ルーク』
自分でない自分を呼ぶ、親しい誰かの声なのだ。
「……違う。俺はお前なんかじゃない!俺は、俺はお前みたいに不様に泣いたりしない!」
「うーう」
「やめろ!黙れ!」
「うーう」
「うるさい!!」
本当はもうわかっていたのだ。
母上がこいつをルークと呼んだあの時から。
ルークという子供は、俺ではなくなってしまったのだと。
「うー」
「ルークは!お前の名前だろうが!!」
聖なる焔はもう俺じゃない。
「俺はお前とは違う!違うんだ!」
聖なる焔であった俺は、こいつが生まれたその時に燃え尽きた。
「二度とその名で呼ぶな!俺は、俺は――」
俺はただの、燃え滓なのだ。
灰燼
――――――――――
食われた存在の、その残り滓