倉庫 TOA

□悪夢
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大地が崩れ落ちていく。
紫の闇に、底無しの沼に――。





【悪夢】





ベッドの上で身体を震わせる主人を、ミュウは何も出来ず呆然と見詰めていた。
アクゼリュスが崩壊し、自分の罪と向き合うために――自分を変えるために髪を切り落とした主人は、時折こうして悪夢にうなされている。
人を殺した日は必ず、夢の中で己を責めている。
生まれてまだ7年のレプリカであった彼は、その幼さとはあまりに不釣り合いな姿で――しかし無垢な心のままに罪と向き合おうとしていた。
それはきっと彼の義務なのだろうとミュウは思う。
だが同時に、願わずにはいられなかった。
彼に安らかな眠りが与えられることを。
せめて自分に出来ることを、とミュウは主人の頭を撫でる。
小さな自分の手の平では主人の痛みを拭い去ることなど到底出来ない。それでも何もしないよりはマシだった。

「優しいんですね」

不意に声を掛けられ、ミュウははっとして部屋の扉を振り返る。

「ジェイドさん……」
「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」

突然の訪問者は大して反省の色を窺わせない飄々とした顔で、足音を忍ばせ部屋に身体を押し込んだ。

「また、ですか」

いつから気付いていたのか、ジェイドは半ば呆れ、半ば哀れみながらルークの顔を覗き込む。
相も変わらずそこには深い悲しみと癒えぬ苦しみが渦を巻いている。
ミュウとジェイドは互いに顔を見合わせ眉尻を下げた。

「どうしてでしょうね。あの時はあんなに腹立たしかったのに」

自分は悪くないと叫んでいた青年は、その実誰よりもその罪を認識していたのかもしれない。それを見抜けなかった自分も腹立たしかったが、ジェイドはその時の苛立ちを間違いだったとは思わない。
あの時の彼は確かに、自分の罪から目を背けたのだから。

「いつまでこうしているんですかね」
「ご主人さまはずっと覚えてるですの。忘れないですの」

彼は子供で、民間人だ。
軍人のように割り切ることは出来ないだろう。
ならば彼はこの先ずっと、こうして自分を責めながら生きていかねばならないのだろうか。

「馬鹿な子ですよ、まったく」

ジェイドは苦笑し、うなされるルークの頭を一度撫でる。

「誰も犠牲にせず生きられるほど、世の中は綺麗に出来ていないんですよ」
「みゅぅぅ……。難しいことはわからないですの……」
「そうですね。ミュウやルークには難しいかもしれません」

血に汚れた軍人の手でも、無垢な子供の苦しみは拭えない。
無力な一人と一匹の下で、青年は今日も悪夢を見る。





悪夢
―――――――――
無垢なることへの罰

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