倉庫 TOA

□君と見る海原の果て
1ページ/1ページ

同じ波は二度とない。
それは旅の出会いのように。





【君と見る海原の果て】





シェリダンへ向かう連絡船の中で、俺は変な男に会った。

「どうだ、初めての一人旅は?」

フードを目深に被った、得体の知れない男だ。
声はアッシュより少し高いくらいで、性別だけはちゃんとわかった。

「アンタ、誰?」
「秘密だ。だから俺も名前は聞かない」
「なんだよ、それ」

ただ立っているだけなのに、男には隙が見当たらない。
腰にある剣は飾りではなさそうだ。

「キムラスカ人?」
「ああ」
「シェリダンに何か用があるのか?」
「いや、この船に用があった」
「船?」
「というよりは、この船に乗っている人に、だな」

男は誰かに会いに来たらしかった。

「俺なんかに構ってないで、さっさと会いに行ったらどうだ?」
「もう会えた」

じゃあ中に篭っていればいいのにと内心毒吐いた俺を、男は見透かすように笑った。

「部屋に閉じこもって一人で悩んでるとさ、どんどん悪い方へ考えるんだ。だからこうして、世界を見渡しながら考えてみる。そうすると少しだけ、気が晴れるような感じがするんだ」

昨日までの自分を指摘されたようで、俺は思わず俯いた。
足元ではミュウが無邪気に転げ回っている。

「怖いよな。自分が否定されるのは」

はっとして、男の顔を見る。
彼は両肘を着いて外を眺めたまま、ぼんやりと呟いた。

「怖かったよ、俺も、アイツも。お前と同じくらい、怖かったんだ」

フードの中の彼の表情を、こちらから窺い知ることは出来ない。
でもきっと、悲しい顔はしていない。
俺の直感がそう告げていた。

「怖かったってことは、もう怖くないのか?」

尋ねると、男は俺を見た。

「今も怖いさ」

そう答える男の顔は、何故かとても幸せそうだった。

「怖いと思えることも、きっと大事なんだ」

その言葉の意味は、俺にはわからなかった。



シェリダン港に着くと、もう男の姿はなかった。
ミュウは背が低いから、人捜しの役には立たなかった。
仕方なく、俺はシェリダンへ向けて歩き出す。
その人混みの中に一つ、朱色の髪を見た気がした。





君と見る海原の果て
――――――――――
あの時の怖れも、二人なら思い出になる

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ