倉庫 GC

□無題
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軍人である以上、人の死を体験するのは珍しいことではない。
昨日すれ違った誰かが明日は棺の中にいる。そんなことは日常茶飯事だ。
だからきっと、彼も死んだのだろうと思っていた。

六本木フォートにおける葬儀社との戦闘により、グエン少佐率いるアンチボディズ第三中隊は壊滅した。
その惨状たるや凄まじいもので、遺体の中には足を残して灰塵となり果てたものもあったと聞く。ベイルアウトが間に合わなかったエンドレイヴ乗りも多かった。
そんな中、現場にいながら幸運にも生還した者もいた。
その一人が、「皆殺しのダリル」と恐れられた少年――ダリル・ヤン少尉だった。
奇跡的に生還を果たした彼は、今、私の目の前で安らかな寝顔を曝している。
黙っていれば可愛いものだ。
これが口を開けば耳を疑うような暴言を吐き、エンドレイヴに乗れば殺戮の鬼と化すのだから、人は見掛けによらない。
これからこの少年と仕事をしていくのかと思うと、いささか胃が痛くなる。



その胃痛を更に酷くする人物が、この度晴れて私の上官となった。
グエン少佐やこの少年のように口が悪かったり感情的だったりするわけではない。ただ、雰囲気がまともではないのだ。
人として大事な何かが欠落していそうな、そんな人物。
どんな人柄であろうと、私に上官を選ぶ権利もないのだから、この人事を大人しく受け入れる他ない。
それでも思わず溜め息を吐くと、不意に背後のドアが開いた。

「やあ。少尉の容態はいかがです?」

「嘘界少佐……」

入ってきたのは嘘界=ヴァルツ・誠少佐。
今まさに私に溜め息を吐かせた上官だった。
彼は顔面に人の良さそうな微笑みを貼り付け、つかつかと私の横まで歩を進める。
慌てて椅子から腰を上げようとすると、少佐はやんわりとそれを制した。

「構いませんよ。座っていて下さい」

「しかし……」

「上官命令です。どうかそのままで」

気遣いと受け取ってよいものか、僅かに悩んだものの、大人しくもとに戻る。
少佐はそれを満足気に見届け、ベッドの上の少尉に視線を移した。

「それで、少尉の容態は?」

「怪我自体は軽いものです。すぐに退院出来るかと」

「前線復帰は?」

「退院後、すぐに調整に入ります」

せっかく拾った命。それもまたすぐに死地へ送り出される。
軍人である以上、戦闘員である以上、少尉はそれを免れない。
本人がそれを望んだのだから、哀れむのは筋違いというものだ。
けれどやはり、それは悲しいことだと思う。

「浮かない顔をしていますね」

「え?」

いつの間にか、少佐は再びこちらを向いていた。

「心配ですか、彼が」

考えがすぐ顔に出てしまうのは自分の悪い癖だ。
一兵士として、不安や焦りを他者に伝達してしまうのは誉められたことではない。
けれど少佐はそれを咎めるでもなく、何を考えているかわからない顔で言った。

「心配なら、君が見ていてあげなさい」

「私が、ですか?」

「少尉は利かん坊だと聞いています。手綱は必要でしょう」

「言って利く子じゃないですよ」

「それでもないよりマシというものです」

端から期待はされていないのだろう。
暴走癖のある御曹司に、私という適当な目付け役を当てたに過ぎない。

「やってくれますか?」

断る理由もなく、私は黙って頷いた。
嘘界少佐はそれに表情を和らげ、

「でもまずは、私に付いてきてもらいましょう」

いきなり私の腕を引いた。
 
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