倉庫 GC

□寒空のベンチ
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寒い寒い空の下、少年は小さな背を丸めて白い息を吐いた。
待ち人は来ない。
このまま朝日を迎えても、きっと誰も来はしない。
それでも少年は待った。
自分が待ち続けることで、何かが変わることを夢見て。
どれだけそうしていただろうか。
少年が真っ暗な空を見上げたとき、不意に彼の肩に何か温かいものが掛けられた。
驚いて振り返ると、そこには先ほどの青年が、手に膝掛けを抱えて立っている。
彼は何を言うでもなく微笑むと、そのまま少年の隣に腰を下ろした。

「……何さ」
「何がだ?」
「何の用かって訊いてるんだよ」
「さて、何の用だったかな」

煮え切らない答えを返す青年に、少年は怪訝な顔をする。

「さっきのことなら謝らないよ」
「知ってる」
「……弁償もしないよ」
「それも知ってる」
「じゃあ何だって言うのさ」

怒っていないのなら何をしに来たのだろう。
ますます怪訝な顔をする少年に、青年は何故だか目を輝かせて言った。

「ラーメン食べに行かないか」
「はあ?」

つい先ほどたい焼きを買ってきた人間の言葉かと、少年は耳を疑った。

「さっきたい焼き食べたんじゃ……」
「あれは嘘界少佐の。これからデータの解析で徹夜だそうだから、差し入れにな」
「ふーん」

理由を聞いて納得したはずだったが、少年の心には新たな靄がかかった。
差し出されたあのたい焼きが、自分ではない誰かのためであったことが面白くなかった。

「一人で行けばいいんじゃないですか」

真っ白な息を吐き出し、少年はつんとそっぽを向く。

「少尉?」
「僕、別にお腹空いてないし」

自分なんて置いてどこかへ行ってしまえばいい。
自分は一人で大丈夫なのだから。
そんな彼の意地を笑うように、突如腹の虫が音を上げた。

「〜〜〜っ」

少年はみるみる顔を真っ赤にして、慌ててベンチから飛び退る。

「ち、違う!これは違う!」

懸命に弁解を試みる少年に、青年は口許を押さえてくすくすと笑う。

「馬鹿にするなよ!」
「してない」
「してるだろ!」
「してないよ」

恥ずかしさと不甲斐なさで掻き乱された感情を、少年は叫ぶようにして吐き出す。
肩から落ちたブランケットを拾い上げ、青年に向けて投げ付ける。
青年はそれをあっさりと受け止め、目尻に浮かんだ涙を拭って言った。

「本当に食べないのか?美味しいぞ、ラーメン」

意地と空腹と、果たされない約束と。
全てを秤にかけて、少年は叫んだ。

「勘違いするなよ!別にお腹なんて空いてないからな!一人飯で寂しいダメガネに同情してやったんだ!!」

青年はやはりくすくすと笑い、ブランケットを抱えて立ち上がった。

「それじゃあ、決まりだな」


暗く寒い空の下、二つの影が並んで歩く。
時折よろける大きな影と、走り回る小さな影と。
冷たいベンチの上には、もう誰もいない。
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