倉庫 GC

□寒空のベンチ
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ある寒い夜のことである。
その日少年は、大切な約束をしたはずだった。
冷たいベンチに腰を沈め、かじかむ手に白い息を吐きかけながら、大切な人を待っていたはずだった。
けれどどれだけ待っても、来るはずの人は来なかった。
約束の時間を過ぎて、青かった空が赤く染まって、やがて辺りが暗くなったとしても、その人は来なかった。
実のところ、少年ははじめからわかっていた。
約束は果たされない。
待ち人は来ない。
それでも今まで待っていたのは、それが果たされぬものではないのだと信じたかったからだった。
だがそれももうおしまい。
赤くなった手を擦り合わせ、少年はベンチから腰を上げる。
丁度そのとき、少年は自分の遥か前方に人影を見付けた。

「パパ!」

待ち人が来たのだと、少年は歓喜と共に立ち上がる。
だがその人影が近付くにつれ、彼の歓喜は落胆へと変わった。

「こんなところで何してるんだ、少尉?」

期待に満ちた眼に映ったのは、待っていた人ではなく見知った青年の姿。
彼は眼鏡の奥の目を細め、手袋に包まれた手をひらひらと振った。

「アンタこそ、こんな時間に何してるんだよ」

少年の問いに、青年は腕に提げた袋を持ち上げた。

「これを買いに」

袋の中には温かいたい焼きが二つ。
その一つを取り出すと、青年はそれを少年に差し出した。

「どうだ、少尉も一つ」

たい焼きは白い湯気を立ち上らせ、芳ばしい匂いを少年の鼻先へ届ける。
途端に彼は、自分の中にある認め難い感情を認識したような気持ちになった。
例えるならば、それは安堵にも似た暖かな感情。
だがそれは大切な人を待つ少年には必要のないもの。

「いらないよ!」

少年はそれを振り払うように、青年の差し出したたい焼きを弾き落とした。
呆気にとられたように、青年は落下するたい焼きを視線で追う。それががさりと音をたてて地面に落ちた刹那、彼は難しい顔をして少年を見た。

「誰か、待っているのか?」
「うるさい!アンタには関係ないだろ!」

少年はそれだけ言うと、また冷たいベンチの上に腰を落とした。
青年は黙ってたい焼きを拾い上げ、もう何も言わず、その場を後にした。
 
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