倉庫 GC

□親馬鹿
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【タテ:4】我が子を可愛がるあまり、周りから愚かに見える言動をとること。またその人。


通常業務が終わり、廊下の灯りが落とされる時間。嘘界=ヴァルツ・誠が携帯端末を片手に談話室へ入ると、そこには先客の姿があった。

「おや、残業ですか」
「あ、少佐」

机に肘をつき額を押さえているその人物の名はローワン。
今時珍しい紙媒体の書面と対していた彼は、嘘界の声に疲労の色濃く残る顔を上げた。

「お疲れ様です。今から帰りですか?」
「ええ。君はまだ帰らないのですか?」

肩を竦め、ローワンは苦笑する。

「これを書かないと返してもらえないんで」

そう言う彼の手元には、嘘界も滅多に目にしたことがない「始末書」と書かれた紙が5枚ほど散らばっていた。
電子文書が常識の昨今、紙媒体でのそれは前世紀の遺物のようだ。

「なんでまた始末書なんか」
「破損報告が多すぎると……」
疲れはてた彼の呟きに、嘘界もつられて声を沈ませる。

「……少尉ですか」

ローワンがダリル・ヤンの監督を任されて数日。よく癇癪を起こす御曹司の手綱をどうにか引いてきた彼だったが、その代償は決して安いものではなかった。

「グラスの1つや2つなら誤魔化し様もあったんですが、端末3台は流石に目を付けられまして」
「それで始末書ですか」

癇癪で破壊された備品の数は、既に初日で2桁に達していた。当初はそれも「落とした」「なくした」「水没した」と適当な理由を付けて済ませてきたが、あまりの数についに誤魔化しが利かなくなった。
唯一の救いといえば、始末書5枚で弁償が回避できたことだろうか。

「少尉の名前を出せば済んだでしょうに」

面倒なことを。そう嘘界がこぼすと、ローワンはまた苦笑して頭を振った。

「少尉を一兵士として扱っている手前、こちらが司令の権威に頼るわけにもいきませんから」

ローワンはダリルを、ヤン司令の息子としてではなくダリル・ヤン個人として扱ってきた。そして本人にも、その権威にすがることを叱ってきた。
だからこそ、彼がそれを利用するわけにはいかない。
それでも嘘界はやはり「面倒なことを」と笑った。

「真っ直ぐなのも結構ですが、人の上に立つのならもっと上手く立ち回りなさい。君は教師や保護者ではないのだから」
「…………」

公平に、公正に。人として誉められるそれらは、しかしローワンの階級にあっては遅れをとる善良さだ。
人を使う立場にあるも音は、ときに卑怯な手段さえ用いる必要がある。
とは言え、だ。

「ですが、嫌いではありませんよ」
「少佐?」

含みのある微笑みを浮かべ、嘘界は机に片手をつく。
そして始末書の1枚に手を伸ばし――
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