倉庫 GC

□そこは地獄の一丁目
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日本が新年を迎えたその朝、ローワンの姿は公衆電話の前にあった。

「――ああ。それじゃ、よいお年を」

電話の向こうは未だ大晦日の故郷。これから眠りにつく家族に早めの挨拶を済ませ、彼は静かに受話器を置いた。

「さてと……」

刺すように冷たい空気に白い息を吐き出し、彼は傍らのビルを見上げた。
そびえ立つ鉄の塊は、彼にはまるで墓標のように思われた。
否、実際これは墓標であるのだろう。
これから始まる狂乱の宴の、愉悦に沈む戦士たちの墓標として。
冷えきった両手を擦りながら、彼はその中へと足を踏み入れた。



エレベーターに乗り目的の階へと到着した彼は、まず廊下に出たところで足を止めた。
まだ日が昇ってそう時間も経っていないというのに、フロアには酔い潰れた男達が折り重なるように倒れている。
ローワンは溜め息を吐きながら帽子を下げ、倒れている男の一人に声をかけた。

「何してる。新年会はまだだろう?」

今日この場にローワンが訪れたのは、他でもないアンチボディズの新年会のためだ。
正月に故郷へ帰ることのできない彼等に、局長の茎道がせめて息抜きができるようにと開いている――要は酒宴だ。
その開会時刻は午前10時。まだ始まってすらいないはずだ。にも関わらず既に酔いつぶれている理由を、男は呂律の回らない状態でどうにか言葉にして聞かせた。
曰く「昨日の晩から集まって飲んでいた」のだそうだ。
年越しを大人数で騒ぎながら過ごす国の出身が多いためか、新年会までを静かに待つことができなかったらしい。

「何をやってるんだ……」

介抱してやりたいのは山々だが、筋肉質の軍人共をいちいち運んでいては身が持たない。
もう一度溜め息を吐き、ローワンは男の側を離れた。



酔っぱらい共の屍を踏み越え、やっとの思いで奥へ進む。
歩を進めるにつれ聞こえてくるのは往年のヒットソング。声から察するに茎道だろうか。調子外れな歌声からは、当人も酔っているだろう事が窺えた。

「しくじったか……」

局長が正常に権威を振るえないとあれば、もう誰にも宴は止められない。
一歩足を踏み入れたが最後、ローワンもまた、屈強な男達に問答無用で酒を浴びせられることだろう。
彼は両手で顔を覆い、脱力するようにその場にしゃがみこんだ。
見渡す限りに広がる亡者の群れ。中には吐瀉物に顔を浸した者もある。この中の一体になるか、懲罰覚悟で逃走するか、決めるなら今しかない。

「……帰ろう」

結論はすぐに出た。
ここであの無惨な屍達と同じ末路を辿るくらいなら、いっそ仕事の量を法外に増やされる方が幾分かマシだ。そう自身を納得させ、彼は即座に踵を返した。だが――

「遅かったですね」

退路があったはずのその道は、既に絶たれた後だった。

「嘘界……少佐……」
「あけましておめでとうございます」
「おめでとう、ございます……」

息が詰まるほどの至近距離にある胸板に、ローワンは思わず一歩退く。

「少佐も今いらしたんですか?」

その隙間を嘘界が詰める。

「私ですか?」

量肩を掴まれ、ローワンは逃げ出すことも敵わない。
あからさまに怯える彼の耳に顔を近付け、嘘界は笑いを含んだ吐息をこぼした。

「昨日からずっと」

鼻孔をくすぐる酒の臭い。
その瞬間、彼は自らの最後の逃げ道が失われたことを知った。

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