倉庫 GC
□アフターファイブ交声曲
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下校途中、桜満集の姿はスーパーにあった。
夕飯の買い出しに主婦が群がる時間帯を過ぎ、店内は台風一過の静けさに包まれている。それを紛らすように、鼻唄のような流行歌がスピーカーから微かに漏れ出る。
臙脂色のカゴを手に、集は夕飯のおかずを脳裏に描きながら陳列棚の間を進む。
「昨日はハンバーグだったし……今日は魚がいいかな」
おそらく先に帰宅しているであろういのりの姿を思い浮かべ、知らず口許には笑みが浮かんだ。
「サケ……サバ……アジもいいな」
混雑のピークを過ぎたスーパーに残っている魚は少なく、必然的に選択の幅は狭くなる。
冷蔵庫の食材と財布の中身を計算し、集は並ぶ魚たちを見定めていく。
鮮度や価格、量やレシピ。それらを主婦顔負けの素早さで思案しながら、彼はある切り身に目を止めた。
「タラか」
スケソウダラと書かれたパックには、でかでかと「半額」のシールが貼られている。
これは買いだと、集はそのパックへ手を伸ばす。それを取ろうとしたまさに寸前で、白い大きな手がパックを掴んだ。
「!」
驚いた集が手を引っ込めると。パックを掴んだ手がぴたりと止まった。
「あれ、もしかして、これ買う?」
頭上から降ってくる声に、彼は反射的に顔を上げ首を振った。
「ち、違います!」
違わなくはないのだが、別にスケソウダラである必要があったわけでもない。いらぬ火種を生むまいと咄嗟に否定した彼だったが、既に火種はそこにあった。
「おまっ!!GHQの――!?」
目の前でスケソウダラを掠め取ったその人物を、奇しくも彼は知っていた。否、その人物を知っていたというと少し語弊があるだろうか。とにかく彼はその人物を――その所属を知っていた。
人畜無害が人の皮を被って歩いているようなその人物は、しかして集の知る限りGHQに所属する男である。
名までは彼の知るところではないが、確実にその男とは面識があった。
それは寒川八尋に売られた日。自分を尋問した義眼の男と共にいるこの男を、集は確かに見た。
あれだけ強烈な一日だったのだ。そのとき目にした顔を易々と忘れはしない。
けれど当の男はというと、眼鏡の奥の瞳を丸くして首を捻った。
「どこかでお会いしたかな?」
はて誰であったかと、男はスケソウダラのパックを手にしたまま集の顔を凝視する。
「学生さんか……。この辺の子?」
「あ、いえ、その……」
藪蛇をつついたらしい。
集は目玉を右往左往させ、焦る脳裏で懸命に逃げ道を探る。
「すみません。人違い……みたいです」
「そう?」
男は依然として探るような目で集を眺めていたが、少しすると納得したかのように表情を緩めた。