倉庫 GC

□キッチン交響曲
2ページ/2ページ


午後6時。
材料を買いに行くというローワンに鍵を渡され、ダリルは彼の部屋でその帰りを待っていた。
だがどこまで買いに行ったのか、彼はなかなか帰らない。
暇を持て余して押し入れをひっくり返しても、顔に似合わぬ緊縛もののAVを見つけても、賞味期限が半年過ぎだメロンパンが出てきても、彼は一向に帰らない。
痺れを切らしたダリルがついに片っ端から食器を割ろうと立ち上がったとき、ようやく彼は帰ってきた。

「お待たせ!!」

体当たりするようにドアを開けたローワンは、そのままの勢いでダリルの前へ走ってくる。

「どこに行ってもタラがなくて――」

その脛を豪快に蹴り飛ばされ、ローワンは買い物袋から中身を散乱させながら顔面スライディングをきめた。

「僕を待たせるなんて、いい度胸してるね」
「悪かった……」

見下ろすダリルの機嫌は最悪だ。
擦れた鼻をさすりながら、早々とローワンは謝罪を口にする。
例え部屋が散らかっていようと、借りもののAVが転がっていようと、賞味期限切れのメロンパンを食えと視線で命じられようと、今の彼にはそれが最善の対応だった。




怒れるダリルをなだめすかし、ローワンはようやく夕飯の準備に取り掛かった。

「ええと、とりあえずタラと」

まずはメインの食材。
普通の白身魚が出てきたことにダリルは安堵の息を吐く。

「ジャガイモと」

これも問題はない。

「あとはビール」
「僕、未成年なんだけど?」
「衣をつけるのに使うんだ。飲ませるわけじゃない」

一通り食材を出したものの、気になるものは特にない。この調子なら今度こそ、無難にフィッシュ&チップスが出来上がりそうだ。
だが油断はできない。
いつどのようにして料理が脱線していくのか、ダリルは興味半分不安半分でローワンの手元に注目する。
その視線を微塵も気にせず、ローワンは卵とビールと薄力粉をボールに入れ慣れた手付きで衣を作り始める。
塩を砂糖と間違えるようなベタな真似もせず、この段階で不審な点はない。

「どこで間違えるんだろう……」

ひょっとすると今回は、本当に食べられる料理になるかもしれない。
薄い期待を胸に抱き、ダリルは次の行程を見守る。

「さて、次は下味――と、その前に油か」

油を火にかけ、温まるまでにタラに下味をつけていく。
ここでも特におかしな所作は見受けられず、むしろ少し感心してしまうほどに手際がいい。
下味をつけたタラに薄力粉をつけ、衣に潜らせ、熱した油に投入してもローワンは一向に失敗をしない。
あれよあれよと言う間にジャガイモまでからりと揚がり、ついに何一つ不審な点のないフィッシュ&チップスは完成した。

「……なんか納得いかない」

あれだけのスパゲティを食べた後だ。普通の料理を作られたのでは、まるであの時は悪意を込めて作ったようではないか。

「なんだ、魚は嫌いか?」
「違うけど」
「けど?」

ケチャップとマスタードを小皿に搾り出しながら、ローワンは怪訝な顔をしてダリルを見る。
ダリルははぐらかすように視線を逸らし、透明なグラスに口をつける。
直後、彼は物凄い勢いで中の液体を吹き出した。

「なっ!これっ!!はぁっ!?」
「どうした!?」
「これ、ミネラルウォーターじゃないの!?」
「そんな馬鹿な――」

ローワンは慌てて冷蔵庫を開け、並ぶペットボトルのラベルを確認する。
透明な液体の入ったペットボトルは二つ。一つは間違いなくミネラルウォーターだが、封は開いていない。
ではもう一つの方かと、そのラベルを確認する。

「あ」

そこに書かれている文字はミネラルウォーターなどではない。
ローワンは静かに冷蔵庫を閉め、酷く青褪めた顔でダリルを振り返った。

「悪い。ガムシロップだ……」

ダリルは何も言わず、彼の顔面に全力でグラスを投げつけた。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ