倉庫 GC

□Vituperation
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ガラスの割れる凄まじい音に、ローワンはぴたりと足を止めた。
音のした方へ顔を向けると、蜘蛛の子を散らすように数人の職員が一室から逃げ出すのが見えた。
どうやら部屋の中で何事かあったらしい。様子を見に問題の部屋へ体を向けると、丁度飛び出してきた職員の一人が天の助けとばかりに彼に飛び付いた。

「助けてください!」

敬礼も忘れたのかと、彼は半ば呆れながらその職員を引き剥がす。

「何事だ」

形式として尋ねはしたが、彼にはおよそ何が起きたかはわかっていた。

「ヤン少尉が暴れて……。もう我々には手がつけられません!」

実の父親を殺したダリルは、それから時折思い出したように暴れていた。その心情もわからなくはないローワンだったが、引き金を引いた以上は自らの業を受け入れるべきだと彼は思う。
一方その周囲はというと、彼の後ろ楯たる司令が死んだにも関わらず未だその横暴を正せずにいる。
仮にも軍に属する者がなんという不甲斐なさかと、ローワンは思わず眉を顰める。
だがここで彼等を見捨てて立ち去るのも、ローワンとしては不甲斐ない。
渋々、彼は音のした部屋へと足を踏み入れた。

がらんとした室内では、ヘルメットを振り上げたダリルが次の窓ガラスを叩き割るところだった。
廊下から顔を覗かせ様子を窺う職員達は、再び響いたけたたましい音に驚き首を引っ込めた。

「どうしたんだ、少尉?」

ローワンはダリルの傍らまで歩を進め、呆れの滲んだ声をかけた。
ダリルはそれに応えるように、おもむろに彼を顧みる。

「出てけよ」

荒んだ目に睨め付けられ、彼はわざとらしく溜め息を吐いてみせた。

「生憎と、ここは少尉の部屋じゃない。他の部署に迷惑をかけるな」

自分の部署で暴れられるなら放っておけばいい。気が済むまで暴れた後、勝手に部屋に帰っていくことだろう。だが他所の部署に迷惑がかかるのなら、それは監督者であるローワンの責任になる。
たかが子供の癇癪で自分の面子に傷が付くのは癪だった。

「任務だったんだ。割り切れ、少尉」

俯くダリルの顔を覗き込み、ローワンは彼を叱咤する。

「そんなことでは死ぬぞ」

その瞬間、ダリルの表情が変わった。
ローワンの頬を殴り、よろけた彼の胸蔵を掴んで床に引き倒す。

「黙れよ!」

倒れた彼に馬乗りになり、ダリルは絶叫した。

「お前なんかに何がわかる!」
「わからないさ」

噛み付くように吠えるダリルに、すかさずローワンは冷たく返す。

「だったら――」
「放っておいてほしい、か?」
「っ――!!」

ぶつける罵声を考えるより先に、ダリルの体は暴力を選んだ。
掲げた拳はローワンの顔面目掛けて振り下ろされ、痛々しい音が室内に響き渡る。

「うるさいんだよ!どいつもこいつも!」

遠巻きに見守る職員達は、誰一人二人の間に割って入りはしない。
薄情なものだと、ローワンは酷く冷めた心根で事態を見ていた。
ダリルは更にローワンの髪を掴み、力任せに床に叩き付ける。
衝撃で眼鏡が跳ね、音をたてて床を転がる。
ダリルはそれを拳で叩き割ると、ヘルメットを掴んで荒々しく立ち上がった。

「知った風な口を利くなよ、クソ虫が」


立ち去る彼と入れ替わるようにして、端から見ていた職員達が一斉に室内に雪崩れ込む。

「だ、大丈夫ですか!?」

彼等に体を起こされ、ローワンはゆっくりと立ち上がる。
ふらついたのは一瞬で、彼の体はすぐに平衡感覚を取り戻した。
同時に口の中にピリッとした痛みと鉄臭さが広がるのを感じ、唾と共に口内の血を吐き捨てた。

「……ガキが」

赤く腫れた頬が、脈に合わせてじんじんと痛んだ。
 

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