倉庫 GC

□こんな夢を見た
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ダリルが初めてそれに気付いたのは、もう取り返しのつかない状態に陥った後のことだった。

こんこんと咳き込むローワンの首筋に、彼は赤紫の痣のようなものが浮かんでいるのを見た。
一つ二つと並んで浮かぶその色を、最初のうちは情交の痕なのだろうと思い、軽蔑していた。だがその色が腕にまで表れるようになると、流石の彼にもそれが色事の痕でないことは察せられた。
だが彼には、それが何の痕跡であるかまでは判別できなかった。

それから一週間としないうちに、事態は動いた。
ある日のミーティングで、嘘界は突如一同に告げた。

「新種のウイルスが発見されました」

新たに発見された、名称すら決められていない未知のウイルス。
その感染者が現在この都市に複数確認され、死者も出始めているのだと。

「感染経路は未だ不明ですが、今のところ空気感染はないと確認されました。初期症状は風邪とよく似ています。咳、悪寒、発熱。進行すると全身に赤い斑点が表れ、死に至ります」

その症状にダリルは愕然とした。
あれは確か、ローワンの身に表れていたものと符合しないだろうかと。

「我々の任務は、これら感染者の発見、処分です。血液感染のおそれがあるため、防護服の着用を忘れずに」

騒然とした一同は、しかしすぐさま作戦の準備に走り出す。その流れに逆らうようにして、ダリルは嘘界のもとへ詰め寄った。

「おい嘘界!」

声を張り上げると、嘘界は気怠そうな顔で彼を顧みた。

「何でしょう?」
「ローワンはどこだ」

何故気付かなかったのだろう。
その日は朝からローワンの姿を見かけていなかった。

「ああ、彼ですか」

嘘界は頷くと、ポケットから鍵の束を取り出しその一つを外して彼に差し出した。

「この鍵に書かれた部屋に行きなさい。まだそこにいるでしょう」

それを引ったくるように受け取ると、彼は脱兎のごとく駆け出した。
急がなければ。今を逃せば二度と会うことはない。彼の中の何かがそう告げていた。

どれほど走っただろうか。
壁に手をつき息を整える彼の前には、鍵の番号と同じ数字の書かれた扉があった。
扉に鍵はかかっておらず、それどころか薄く開いてすらいる。その隙間から、彼は部屋の中を覗き見た。
中に動くものの姿はない。
遅かったのか。
項垂れ、おもむろに彼は室内へと足を踏み入れた。
そのときふと、ダリルは自身の足元に何かが転がっているのに気が付いた。

「……見付けた」

顔が見えずとも彼にはわかった。
それはローワンの、力なく投げ出された片腕であると。

「ローワン!」

慌ててその上体を持ち上げると、彼はすぐに異変に気が付いた。
うっすらと目を開くその顔には、いつも見馴れた眼鏡がなかった。
いや、そうではない。それ以前に、ローワンは既に息をしていなかった。

「ローワン?」

強く肩を揺すっても、瞬き一つの反応も返りはしない。

「起きろよ。何ふざけてんだよ。なあ!」

一際強く肩を揺すると、ぼろりと何かが崩れ落ちた。

「あ、ああ――」

それがローワンの腕だと気付いた瞬間、ダリルは絶叫した。




自分の叫び声でダリルは目を覚ました。

「――っ、はぁ、はぁ」

ばくばくと脈打つ鼓動に合わせ、肩が大きく上下する。

「なんだよ、今の」

額に張り付いた前髪を掻き上げると、手のひらにじっとりと汗が付着するのがわかった。
部屋は暗く、どうやら今は夜らしい。
嫌な夢を見たものだと、彼は深い溜め息を吐いた。
時間はまだ大分早いのだろうが、寝直すにはいささか気分が悪い。
一度大きく伸びをすると、彼はベッドから身体を起こした。



日が昇る頃になると、ダリルはすっかり夢のことなど忘れていた。
施設内でローワンと出くわしても、あの光景を思い出すことはない。

「おはよう、少尉」

いつもと何ら変わりなく、ローワンは彼の横を通り過ぎる。
その首筋に、赤紫の痣が一つ浮かんでいた。
 

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