倉庫 GC

□あくまでパロディ
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この世には常識では考えられないことが確かに存在する。
その証を目の前に突き付けられ、ローワンは嫌でも自らの間違いを認めざるを得なくなった。

嘘界に言われるがまま、彼が為したのは悪魔の召喚だった。
写真の図形は魔方陣で、読まされた文は召喚の呪文。嘘界が溢した液体は鶏の血液であった。
その果てに喚び出されたのが、人間と見紛う容姿をした金髪の少年。
自らをダリルと名乗ったその悪魔は、自分を見下ろす二人の男に尋ねた。

「喚ばれたからにはそれなりに働くけどさ、喚んだのは眼鏡の方で合ってる?」

眼鏡と呼ばれたローワンは一瞬目を点にし、次いで千切れそうなほどに首をぶんぶんと振った。

「ち、違う!私は関係ない!!」

オカルトに微塵も興味のない彼でも、悪魔が宜しくない存在であることくらいは知っている。そんなものを喚び出したとあれば、きっとよくないことが起きるに違いない。
必死に繋がりを否定しようと足掻く彼だったが、ダリルはその全てを打ち砕くよう言い放った。

「今更辞めようったって無駄。僕が応じて出て来た時点で、アンタとの契約は済んでるんだから。ついでに言っておくけど、契約破棄なんて都合のいいシステムはないよ」

とんだ悪徳業者だ。
頭を抱え、ローワンはその場にしゃがみこんだ。

「悪夢だ……」

試しに頬を摘まんでみたが、目の前の現実は何一つ変わらない。

「喚んどいてその態度かよ。こっちが悪夢だ」

ダリルは不機嫌そうに吐き捨てると、ようやく重い腰を上げる。
ローワンは蹲ったまま動かない。
代わりにダリルは、机に肘をついて高みの見物を決め込んでいた嘘界へと視線を向けた。

「お前は随分と楽しそうにしてるな」

嘘界は一度瞠目し、次の瞬間人の悪そうな笑みを浮かべた。

「そう見えますか?」
「悪趣味な奴」
「誉め言葉と受け取りましょう」

項垂れるローワンとは違い、嘘界は不自然なほどに落ち着いている。それどころか、狼狽する当事者を見て悦んでいる節がある。
ダリルの目から見て、彼がローワンを嵌めて自分を喚び出させたことは明白だった。
何も知らなかったであろう男に憐憫の目を向け、ダリルは額に手を当てる。
一方嘘界はというと、蟻の巣を潰す子供のように無邪気な笑みを浮かべて言った。

「ローワン君、喚んでしまった手前、せっかくですから何か頼んでみてはいかがです?」
「他人事だと思って……」

ようやく顔を上げ、ローワンは深い溜め息を吐いた。
端から嘘界に人並み程度の良心など期待してはいなかったが、この仕打ちは流石に堪える。曲がりなりにも助手を勤めてきた自分が、同意もなく実験動物にされたのだ。
怒りを通り越して悲しみすら湧いてくる。
それでも過ぎてしまったことはどうしようもない。
半ば妥協するように覚悟を決め、彼はおそるおそるダリルへと声をかけた。

「ええと、ダリル、だったよな?」
「そうだけど」

声音は冷たいが、律儀に反応は返ってくる。
それに言い知れぬ安堵を覚え、ローワンはほっと息を吐いた。
緊張が解けてしまえば、目の前にいるのはただの少年にすら見えてくる。
流石にそれは気の抜き過ぎかと自嘲し、彼は言葉を続けた。

「もしもの話だが、今から君に頼み事をしたとして、報酬には何を支払えばいい?」

契約というからには何か対価を支払うのが世の常識。最も一般的なものは金銭であるが、まさか悪魔が金を欲するとは思えない。
問われたダリルはしばらく思案すると、ぽんと拳で手のひらを打って答えた。

「何でもいいよ」

ローワンは目を丸くする。

「何でも……いいのか?」
「何か勘違いしてるみたいだけどさ、別に何かが欲しくて出て来た訳じゃないから」
「魂を取ったりは――」
「はぁ?腹の足しにもならないのに、そんなもの取ってどうするのさ。どうせなら美味しいもの食べさせてもらった方がマシ」

随分と淡白な悪魔だ。

「じゃあ、残り物の筑前煮でもいいのか?」
「いいよ。不味かったら殺す」

物言いは物騒である。

「それなら、ダリルに一つ頼みがある」

床に手をついて立ち上がり、ローワンは改めてダリルへと向き直った。

「明日の心霊スポット探索に付き合ってほしい」

菫色の澄んだ瞳が、彼の瞳を怪訝そうに見詰め返す。

「心霊スポットって何?」
「一人で行くには危ない場所、かな」

幽霊の存在如何に関わらず、心霊スポットとはそれなりに危険な場所だ。夜も更けるとやたら素行の悪い若者が集まり、最悪絡まれて怪我をすることもある。
少年のような見て呉れをしたダリルでも、一応悪魔なら用心棒くらいにはなるだろう。

「そんなところに探索?柄じゃないだろ」
「そこに座っている駄目な大人のおつかいだよ」

話の流れで雑に指差され、嘘界はひっそりと苦笑する。
それを見て見ぬ不利をして、ローワンはダリルに問うた。

「やってくれるか、ダリル?」

ダリルはニヒルな笑みを浮かべると、芝居がかった所作で恭しく頭を下げた。

「喜んで、ご主人様」
 
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