倉庫 GC

□あくまでパロディ
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人間とは知的好奇心の強い生き物である。
とりわけこの嘘界=ヴァルツ・誠というオカルト研究家は、目的のためなら手段を選ばない節がある危険な探求者であった。
その彼が、最近面白い神父と出会ったなどと言い出すものだから、助手のローワンは尋常ではない嫌な予感を感じずにはいられなかった。

「この世界は実に奇妙で美しい。そこの窓から覗く怪しげな女性も、柱時計の音に紛れて聞こえてくる慟哭も、実に興味深いと思いませんか?」
「思いませんよ」

オカルトに執心な嘘界とは違い、ローワンは全くもってそれらへの興味関心がなかった。
幽霊もUFOも作り話。天使も悪魔もいはしない。そう口にして憚らないリアリストだ。
その彼が嘘界の助手に甘んじているのは、他でもない恩師茎道修一郎の頼みであるからだった。

「窓から女なんて覗いてませんし、慟哭も聞こえません。そんなくだらないことを喋っている暇があるなら、原稿の一つや二つ、さっさと書き上げてください」
「この何気ない会話からアイデアが浮かんで――」
「くるわけがないでしょう?さっさと書いて下さい」
「……つれない人ですねえ」

肩を竦め、嘘界は渋々机に向かい筆を走らせる。
オカルト研究家という胡散臭い肩書きを持つ彼だが、その手の業界では一応の知名度がある。月に数本抱える雑誌連載も――ローワンにはさっぱり理解できないが――好評であるらしい。
それも数を重ねるうちに話の種が尽きていくもので、その打開にと嘘界は件の神父からネタを仕入れてきた。

「ときにローワン君、絵を描くのは得意ですか?」

事の入りは何気ない会話からだった。
向かい合って座る二人の前には山ほどの心霊写真が並べられ、どちらもそこから顔を上げることはない。

「絵心ならありませんよ」
「では図形を描くのは?」
「道具さえあれば、人並み程度には……」

写真のほとんどは反射や合成による、所謂偽物である。中には本物ではないかと疑わせるものもあるが、否定的な見方をするローワンには全て作り物としか思えない。
そんな彼の目の前に、嘘界は一枚の写真をずいと差し出した。

「それでは、この図をその辺の床にでも描いてくれますか」

写っているのは白い壁。そこに赤茶けたインクのようなもので幾何学模様が描かれている。

「床って」
「窓際の棚にチョークがあります。教師用コンパスもその辺にあるでしょう」
「誰が掃除すると思ってるんですか……」

愚痴をこぼしながらも、ローワンは言われた通りにチョークとコンパスを引っ張り出して図形を描き始める。
幸い難しい模様ではなかったため、図形はものの数分で完成した。

「これ何の図形なんです?」
「さあ、何でしょうね」

他人に描かせておきながら、嘘界は大して興味もなさそうに机の引き出しを漁り出す。
そして中から殺虫スプレーほどの大きさの瓶を取り出すと

「おっと手が滑りました」

わざとらしい台詞を吐き、彼はそれを図形目掛けて叩きつけた。

「ああっ!!」

ローワンの悲鳴も虚しく、瓶は図形の中心でけたたましい音をたてて砕け散る。
中からは赤黒い液体が飛散し、チョークで描かれた図形はたちまちそれに塗り潰されてしまった。

「すみません。私の不注意で」
「………はあ」

もはや叱る気も起きない。
がっくりと肩を落とすローワンを尻目に、嘘界はすぐさま次のアクションを起こす。

「そうそう、これ読めます?」

それを受け取ってしまうのが彼の甘さか。
渡された紙に目を落とすと、そこには見慣れない言葉が走り書きで記されている。

「Elohim. Essaim. Frugativi et appelavi.……何です、この胡散臭い――」

訝るローワンが嘘界を顧みようとした瞬間、爆音と共に鋭い閃光が彼を襲った。

「な、何が起きたんだ!?」

何か爆発したのか。
火事になってはいないか。
眼鏡の奥の瞳を指で擦り、彼は動転した様子で自らの足許を見る。

「アンタが喚んだの?」

そこには金髪の少年が、背中から生えた黒翼を羽ばたかせて座っていた。
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