倉庫 GC

□酷い話
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目を開けると、真っ白な天井がそこにあった。

「ここ、は……?」

顔を右に傾けると、自身の腕に管が繋がっているのが見えた。
そこでようやく、ローワンは自分が病室にいることを覚った。
何故、と彼は記憶の淵を手繰る。
確か自分は、六本木フォートにいたのではなかったか。
グエン少佐の指揮の下、葬儀社を誘き出したのではなかったか。
何が起き、何故自分は病室にいるのか。
記憶はすぐに、手繰る彼の指に掛かった。



葬儀社のリーダーが姿を現したとの知らせを受けたとき、ローワンはダリルとその部下数人と共にオペレート指揮車の中にいた。
既にダリルはコックピットの中。ローワン達も各々持ち場につき、無線の向こうのグエンの声に耳を傾けていた。

『10』

カウントダウンが始まった。
モニターの向こうで仁王立ちする金髪の男は、余裕に満ちた表情を崩さない。

『9』

何かがおかしい。
この男の余裕は、何か策があってのことではないのか。
その何かを思案しようとした矢先、凄まじい衝撃が車両を襲った。
何事かと問う間もなかった。
衝撃で壁に頭を打ち付けた彼は、そのまま崩れ落ちるように意識を失った。
どこか遠いところで誰かの絶叫が聞こえた気がしたが、目を開くことは敵わなかった。



あれは一体何だったのか。
どんなに記憶を辿っても、ローワンに思い出せることはもう何もなかった。
代わりに彼には、それが報告という形で与えられることとなった。

「お目覚めですか、ローワン大尉」

自身のちょうど左側から声を掛けられ、ローワンは右に向けていた顔をくるりと動かした。

「気分はいかがです?」

左隣のベッドの上に、病院服を着た男が座っている。
ローワンはその男に見覚えがあった。
男は彼と同じくあのオペレート指揮車に乗っていた兵士。ダリルの部下の一人だ

「お互い運がよかったですね。部隊は壊滅だそうですよ」

あまりにあっけらかんと男が言うものだから、ローワンは最初、何を言われているのかわからなかった。

「壊、滅……?」
「ええ。グエン少佐も戦死なされたと、ついさっき報告がありました。骨の一つも残らなかったとか」
「……戦死」

噛み締めるようにして、ローワンは男の言葉を反芻する。
決して好いてはいなかった上官の、あまりに無惨な死。ダリルが同席を許さなければ、彼も今頃跡形もなく消えていたかもしれない。
想像してぶるりと身を震わせた彼に、男は更に続けた。

「実は私達、一度葬儀社の捕虜になっていたみたいでして。いや、よく知らないんですがね、身代金と引換に釈放されたらしいんですよ」
「テロリストと取引を?」
「ヤン少尉は司令の息子ですからね。局長も立場上、見捨てるわけにはいかなかったんでしょう。我々としてはそれで命を繋いだわけですから、あまり悪くは言えないんですが」

まったく少尉様様だと、冗談めかして男は笑った。
ローワンもそれに合わせるように、ぎこちない笑顔を浮かべて見せた。

「それで、ヤン少尉は?」
「元気も元気。さっきまでそこのベッドで寝ていたんですが、シュタイナーをテロリストに盗まれたと聞いて大暴れで。今は個室に隔離されていますよ」

手に入れたばかりの玩具を盗られたのだ。それは怒っているだろうと、ローワンはダリルの顔を思い浮かべて同情する。

「大尉も大変ですね。あれのお守りなんて任されて」

同情はすぐに消えた。

「……今なんと?」
「あ、そうですね。大尉はまだ転属の件聞いておられないんでしたっけ。グエン少佐の後任が嘘界少佐に決まったそうで、大尉もヤン少尉もそちらでチームを組むようにと」
「…………」

嘘界少佐。名前だけはローワンも知っている。恐ろしく有能だが、問題の多い男。極力関わり合いになりたくない人物だとは専らの噂だ。
ダリルだけでも勘弁だというのに、そんな男とまでチームを組まされるとは。
愕然とするローワンを、よく喋る男は同情するように笑う。

「心中お察ししますよ、大尉」

笑い事ではなかった。

「悪夢だ……」

この世の終わりのような顔をして、ローワンは真っ白な天井を仰いだ。
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