倉庫 GC

□人質交渉
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目の前の扉が開き、何かが投げ込まれる。
それをぼんやりとした目で見遣り、ダリルは顔を起こした。
投げ込まれたそれは、軍服を纏った青年。
顔に見覚えはあったが、名前まではわからない。

「お仲間だ。せいぜい仲良くしていろ」

どこからか声がして、扉が再び閉ざされる。
それを見届けると、ダリルは床を這って青年に近付いた。

「おい」

近付いてようやくダリルは気付く。
青年の髪はぐっしょりと濡れ、口の端が切れていた。
手荒な尋問でもされたのか、薄く開いた瞳の奥には憔悴の色が見える。
その瞳は少しの間ゆらゆらと視線をさ迷わせ、ふとダリルの顔を捉えた。

「……ヤン……少尉」

痛々しい、嗄れ果てた声が青年の唇から漏れ出る。

「しっかりしろよ。直に軍が助けに来る」
「無駄だ。軍は……テロリストの要求には――」
「応じるさ。パパが僕を見捨てるはずがない!」

ダリルは信じていた。
父親は自分を見殺しにはしない。必ず取引に応じてくれると。
それがどんなに現実離れした想像であろうと、彼にはそれが絶対の真実だった。

「少尉……」

青年は哀れむような目で、ダリルの瞳を見据えた。
けれど彼は、それ以上何かを口にすることはしなかった。
代わりに小さく咳をして、口の中から血の混じった唾を吐き出す。
ダリルはそれを目にすると、眉間に皺を寄せて青年から距離をとった。

「……他の奴は?」

葬儀社に捕まった他の兵士を、ダリルはまだ見掛けていない。
生かされているのは間違いないが、青年のこの有り様を見る限り無傷とはいかないらしい。

「わからない」

青年は冷たい床に頬を押し当てて呟く。

「軍の返答次第では、見せしめに一人ずつ殺されるかもしれないな」

その場合最後に残るのは少尉だな、と青年は付け足す。
実際のところ、それは十分に有り得ることだった。
ダリル以外の兵士に、生かすだけの価値はさしてないのだから。
それでも彼は信じた。

「パパは必ず助けてくれる」

ありもしない、愛情という名の幻想を。
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