倉庫 GC
□素直になりなさい
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クリスマスイルミネーションに彩られた繁華街を、ダリルは父と共に歩いていた。どこからともなく溢れる陽気なクリスマスソングと、冷たい空気をはね除けるような人々の熱気。
誘惑に満ちたその中で、ショーウィンドウのプラモデルに気を取られ彼はぴたりと足を止めた。
テレビの中で縦横無尽に走り回るロボット。そのプラモデルを前に、彼はきらきらと目を輝かせた。
「ねえ、パパ!これ買ってよ!」
ガラスを指先でつつきながら、彼は背後を振り返る。
「……パパ?」
視界の先には色とりどりの人垣が、右へ左へとゆっくり流れていく。
そこに父の姿はない。
「パパ?パパ!」
どんなに声を張り上げても、彼に返される声はない。
「パパ……」
ダリルはついに叫ぶのを止め、ショーウィンドウの前に座り込んだ。
父と繋いでいたときは温かだった手も、石畳の上では氷のように冷たい。それをマフラーの中に差し込むようにして、彼は小さな身体を一層丸めた。
その体にふと、大きな影が覆い被さった。
「すみません、道をお尋ねしたいのですが」
見上げると、そこには変わった髪の色をした青年の顔があった。
ギザギザした歯は恐竜のようで、彼は咄嗟にその顔から視線を外した。
青年は尚も彼の顔を見下ろし、僅かばかり思案した後に彼の脇に手を入れてその体を持ち上げた。
「わっ!」
小さな体は軽々と持ち上がり、青年は今度は下から彼の顔を覗き込んだ。
「聞こえてます?」
「お、下ろせよ!」
動転して手足をばたつかせるが、爪先は青年の顔に掠りもしない。
次第に恐ろしくなってきたダリルは、目尻にじわりと涙を滲ませた。
このまま自分はこの恐竜に食べられてしまうのだ。二度と父に会えないのだ。そう悲観し出すと鼻水まで垂れてくる。
ついに彼が横隔膜を痙攣させ始めたその時、彼の嗚咽を掻き消すほどの怒声が二人を襲った。
「何泣かせてるんですか誠さん!」
滲む視界でそちらを見遣ると、肩を激しく上下させた少年がこちらを向いているのが朧気に見えた。
青年もそちらに顔を向けると、ダリルを掲げたまま事も無げに少年に返した。
「泣かせたとは人聞きの悪い。道を尋ねただけですよ」
「いいから下ろしてあげてください!」
少年は一喝し、石畳を砕きそうな荒々しい足取りで青年に近付くとその腕からダリルを掠め取った。
「ごめんな。怖かったろう?」
人の良さそうな柔和な笑みを浮かべ、少年はダリルを石畳の上に下ろす。
直後、ダリルはその手を振り払って怒鳴った。
「触るな!」
今にも泣き出しそうなその様相に、少年は困ったように頬を掻く。
そして何かに思い至った様子で、ダリルの前に膝をついた。
「もしかして、迷子かな?」
「違っ!」
反射的に否定するが、実際彼は迷子も同然だ。
一人で父を探せるわけでもなく、家の場所くらいは空で言えるが帰り方まではわからない。
少年はダリルの僅かな動揺に事情を察したのか、その場に突っ立っている青年を振り返り尋ねた。
「誠さん、少し寄り道してもいいですか?」
青年は頷く。
「私は構いませんよ。ただ……」
「ただ?」
「そこの角を曲がったところにケーキ屋があるんです」
「奢りましょう」
何を求められているか。それを早急に判断し応じた少年に、青年は満足げに微笑んだ。
「物分かりの良い子は好きですよ」
少年もそれに若干ひきつった笑みを返すと、すぐさまダリルに視線を戻した。
「君の名前は?」
「なんでアンタに教えなきゃならないのさ!」
慣れているのか、少年は怒鳴られても困惑する素振りを見せない。むしろ相手を落ち着かせるように、努めて穏やかな声で語りかける。
「私はローワン。こっちは誠。この街は初めてで、道に迷ってるんだ。交番まで案内してもらえないかな?」
怪しい人に付いて行くな。それは父から常日頃言われてきたことだ。
だが同時に、困った時は大人を頼るようにも彼は教わってきた。
ダリルは暫く考え込んだ後、消え入りそうな声でぽつりと溢した。
「ケーキ」
「え?」
「僕にもケーキ、買ってくれるよね」
少年は一瞬呆けた顔をした。けれどすぐに満面の笑みを浮かべると、ダリルの頭を乱暴に撫で回した。