倉庫 GC

□インフルエンザに気を付けろ
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肩を抱いて身震いするダリルを見たとき、単純に寒いのだろうと思った。
ホットミルクを差し出し「子供扱いするな」と眼鏡を叩き割られたときも、さして気にはしなかった。
そんな自分の鈍さを、今さら彼は後悔する。

「インフルエンザですね」

傍らに立つローワンに体を預け力なく椅子に腰かけるダリルに、医者は簡潔にそう告げた。

「インフルエンザ、ですか」
「はい。今冬流行のA型ですね」

毎冬飽きもせず猛威を振るうインフルエンザ。今年流行のAソ連型は、果敢にもダリルに直接対決を申し込んできた。
日頃の疲れもあってか、彼は呆気なくウイルスに敗北。ローワンに病院へと連行されるに至った。

「薬出しときますんで、熱が下がっても3日は出勤しないで下さいね」

眩いばかりの営業スマイルで見送られ、5日分の薬を手に二人は病院を後にした。
途中で林檎の1つでも買って帰りたいローワンではあったが、憔悴しきったダリルを車に一人待たすのも心配だ。
結局彼は部下に使い走りを頼み、先にダリルを連れて自分の部屋へと戻った。


寝に帰るだけの独身男性の部屋は綺麗なものだった。
備え付けの家具と僅かばかりの私物。生活感のない部屋はモデルルームのようだ。
それをからかう余裕すらなく、ダリルは清潔そうなベッドに渋々身を沈めた。
本来なら他人のベッドに寝ることも拒むであろう彼だったが、さすがに高熱の怠さには妥協もやむを得ないらしい。
それはローワンにしては有り難いことであり、同時に不安なことでもあった。

「……大丈夫か?」
「…………」
「薬飲む前に何か食べた方がいいんだが……」
「食べたくない」

ぐったりと四肢を投げ出したダリルは、応えを返すことすら億劫だと言わんばかりの有り様だ。
これでは物を食べる気力もないだろうと、ローワンは冷蔵庫から牛乳を取り出した。空きっ腹に白湯で薬を飲むよりは、牛乳で飲む方が幾分かマシだ。

「ほら、薬。飲めるか?」
「ん」

差し出されたグラスを受け取り、ダリルは緩慢な動きで薬を嚥下する。

「……まっず」
「我慢しろ」

ローワンは苦笑し、ダリルの口の回りにできた白髭を丁寧に拭いてやる。
まるで子猫の世話をしているようだと、彼は顔を綻ばせた。

「さあ、後はゆっくり休め」

ダリルを布団に押し込み、彼は仕事机に向き合う。
インフルエンザでダウンしたダリルの分まで、彼にはたんまりとデスクワークが課されている。看病のついでに片付けるには些か多いその量に、彼は目頭を押さえてひっそりと溜め息を溢した。
そもそもローワンはダリルを看病する気など更々なかった。
病院でダリルに診察を受けさせ、薬を貰って職場へ戻る。そう予定していた。
ところが診断はインフルエンザ。職場へ戻すわけにもいかず、家に一人残すわけにもいかず。待合室で嘘界に連絡を入れてみれば看病を命じられる始末。
残してきた仕事は端末に送られており、彼は渋々それらを片付けに掛かった。

「……ねえ」
「何だ?」

一瞥もせず返すローワンに、ダリルは少しムッとした表情を見せる。

「僕、家に帰りたいんだけど」
「そうだな……泊まってもいいなら送るが」
「冗談じゃない!」
「じゃあ諦めろ」

舌打ちを返し、ダリルは荒々しい手付きで布団に潜り込む。

「禿げろバーカ!」

捨て台詞の幼さに、ローワンは喉を鳴らすように笑った。
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