倉庫 GC

□Simulation
2ページ/14ページ


昼食も済んだ昼下がり、ローワンはダリルの病室にいた。
少将の子息ともなれば与えられる部屋は個室らしく、大部屋の乱痴気騒ぎに疲れたローワンはよくダリルの部屋に逃れて来る。そこで見舞いの品に舌鼓を打ち、頬を膨らませるダリルの口に林檎を突っ込むのが最近の彼の日課だった。

「やはり御曹司は違うな。見舞いにマスクメロンか」
「あげるからもう出てってよ」
「そう言うな。今度は亀の形に切ってやるから」
「……ペンギンがいい」
「了解」

ダリルを懐柔するのは容易だった。
はじめは林檎をウサギの形に、次は猫の形に切って見せると、ダリルは子供のように目を輝かせた。手をベタベタにしながら桃で花を作った日には、もっと見せろとせがんだほどだ。
以来、毎回一芸を見せることで部屋への滞在を許されている。
果物を切るだけで平穏な空間と美味しい果実が食べられるのだから、ローワンにしてみれば良いことずくめだ。

「はい、できた」

早くも完成したペンギン形メロンを皿に乗せ、爪楊枝を刺してダリルに差し出す。
ダリルはそれを受け取ると、恐る恐る爪楊枝を掴んだ。
まさにその時である。

ガタン、という音と共に、突如部屋が暗闇に包まれた。

「なんだ!?」

ダリルが怯えたように声を張り上げる。
それも当然のことだろう。
何せ今は真っ昼間だ。停電程度で一寸先も見えない闇に放り込まれるなど有り得ない。

「落ち着け、少尉。大丈夫だ。私が様子を見てくる」

ナイフを持っている手前、誤ってダリルを怪我させるおそれがある。
ローワンは彼に待機を指示し、ポケットから端末を取り出すとその明かりで足元を照らす。
最初に確認するのは窓の外。
端末を窓ガラスに当ててみるが、暗幕でもかけられたように見事に真っ暗だ。
空も地上も向かいの建物も、およそ景色と呼ばれる全てが黒で塗り潰され認識できない。

「何が起きたんだ?」

何もわからないが故にわかる。
明らかな異常事態だ。

「一先ず外に出よう。襲撃の可能性も――」

言いながら振り返ったローワンは、闇に慣れ始めた目でダリルを探す。
ダリルは言われた通りベッドの上に留まり、まっすぐにローワンを見ていた。
だが何やら様子がおかしい。

「少尉?」

呼べば小さく悲鳴を溢し、がくがくと震える指先でローワンを指す。
否、少し違う。
彼が指差したのはローワンの僅かに右側。
ローワンは首を傾げると、訝しげにそちらへ顔を向ける。

「なんだ。何もないじゃないか」

端末で照らしてみるが、何かがあるわけでもない。
嘆息し、彼は再びダリルに向き直る。
そこでようやく気が付いた。
端末の画面にうっすら写り込む自分の顔。
その右側に、何か白い塊がある。
画面を傾けて調節すると、それが何であるかはすぐにわかった。

吐息がかかりそうなほど近く、彼の傍らに女がぶら下がっている。

刹那、彼は自分でも驚くほど大きな声で叫んだ。

「走れ!ダリル!!」

弾かれたようにダリルが扉へ走り出す。
ローワンもすぐに後を追う。

「あ゙あ゙あ゙あぁあ゙ぁぁ゙ぁ」

背後から聞こえる、喉の奥から絞り出すような声。
腕に絡み付く何かをナイフで切り裂き、彼はダリルもろとも体当たりするように外へ転がり出た。

「何だよあれ!何だよあれ!!」
「知るか!いいから逃げるぞ!」

女が追ってきているか、確認する勇気はなかった。
二人は今にも転びそうな足取りで、誘導灯を頼りに非常階段を目指す。

「とにかく外へ出るんだ。ここは普通じゃない!」

一刻も早く脱出し、外界と連絡を取らなければ。
懸命に走る二人だったが、思わぬ障害がその行く手を阻んだ。

「おい、階段が!」

逃げ道である非常階段が、防火扉で閉ざされていた。

「開かないのか!?」
「ダメだ!鍵がかかってる!」

防火扉の取っ手には南京錠がかけられ、押しても引いても人が通れる幅は開かない。

「嘘だろ……」

泣きそうな声をあげ、ダリルはその場に崩れ落ちた。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ