倉庫 GC

□一年目の冬に
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朝が来る。
濃紺の空を紫に染め上げながら、白々と輝く太陽が昇る。
束の間に澄み渡る空気を肺一杯に吸い込み、ローワンは立ち上がった。
手には錆び付いたバケツと、使い古された雑巾と軍手。
バケツの中には色とりどりの花が、ほんの少しばかり澱んだ水に晒されている。
予報によれば、今日の天気は快晴。
道理で雲一つ見受けられないものだと、天を仰ぎ見たローワンは思った。

踏み均された畦道を進み、擦れ違う農夫と挨拶を交わし、彼は目的の地を目指す。
歩調に会わせて跳ねる水音と、木陰で鳴く鳥の音と、時折吹く強い風を受けながら。
落ちた木の葉を踏み鳴らし、足を止めたところで彼はバケツを地に下ろした。その縁に雑巾をかけ、軍手を両の手にはめて深呼吸を一つ。

「久し振り」

語尾を微かに震わせて、彼は墓標にそう言った。


あの嵐のような日々が終わり、もうすぐ一年が過ぎようとしている。
幸か不幸か生き延びたローワンは、今は長閑な田舎に身を寄せてひっそりと暮らしている。
故郷へ戻ることは敵わなかったが、ここでの暮らしに不自由は感じない。隣人との日々の交流も、規則に縛られた軍の生活よりずっと性に合っている。
この地で静かに余生を過ごし、彼の地で散っていった仲間達のこの墓標を守っていけるなら、それで十分だった。

墓標とは言うものの、ローワンの前に鎮座するのは些か武骨な大きめの石と、十字に組まれた大振りな枝だけだ。
即席で設けられたその墓は、彼が戦地で散った仲間達のために造ったものだ。
祖国に反旗を翻した彼等は、その多くが弔われることもなくあの地に眠っている。
生き残った彼には、その英霊達に墓を造ってやることしか出来はしなかった。
今はこうして月に数回、墓の手入れと献花に足を運んでいる。

「そろそろ一周忌か。木は組み直した方がいいかな」

ぐらつく十字の枝に手を触れ、ローワンはふっと息を吐く。
次いで供えてあった花を花瓶から片付け、水を入れ換え、新たに用意した花を供える。
雑巾で石を磨き、辺りに積もった落ち葉を掃けばお仕舞い。
一時間と掛からず墓参りは終わり、空になったバケツに雑巾と軍手を放り込んだローワンは一度大きく伸びをした。
空には既に太陽が昇り、磨かれた墓石を目映く照らし出している。
その反射光から逃れるように、彼はバケツを片手に立ち上がった。

「それじゃ、また」

転がる小枝を踏み鳴らし、仲間達の墓標に背を向ける。
墓標はそれに応えることなく、黙って彼の背を見送った。
 
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