倉庫 GC

□待ち人来たりて
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初雪が降ったのは、それから十日ほど後のことだった。
ローワンはいつものようにダリルの点滴を替えながら、冷たい風の吹き込む窓に目を向けた。外には花弁のような雪がはらはらと降り注ぎ、時折部屋の中まで入り込んでは床板に斑模様を描いていく。

「流石に冷えるな」

眠るダリルに風邪を引かせるわけにはいかない。
ローワンは手早く片上げ窓を閉めると、すっかり冷めたコーヒーを呷りながら椅子に腰掛けた。
それから読みかけの本を開き、静かに読書を始める。
風に揺れる窓の音と、本のページを捲る音と、電気ストーブの微かな音と。
彼が黙り込んでしまえば、静かな部屋にはそんな小さな物音すらはっきりと聞こえるようになる。
やがてそんな物音すら意識の外へと弾き出されようとした時、

「ぁ」

蚊の鳴くような小さな声を聞き、ローワンは本から顔を上げた。

「……ダリル?」

開いたまま本を伏せ、ベッドの縁に手をついてダリルの顔を覗き込む。
横たわるダリルは瞼を閉じたまま、指先をぴくりとも動かすことなく眠り続けている。
空耳だったのか、知らず自分が声を漏らしていたのか。いずれにせよ期待を裏切られたローワンは、口許に自嘲めいた笑みを浮かべてベッドから体を離した。

「また、か……」

これまでにも何度か、このようなことはあった。
ダリルが声を上げたような、指先が動いたような、そんな錯覚を何度も味わってきた。
一度くらいは本当にそうだったのかも知れない。
だが結局ダリルは目を覚まさず、ローワンは何度も淡い期待に胸を踊らせては裏切られてきた。
それでも毎度抱いてしまう希望を、彼は人知れず笑った。

「わかっているのにな」

眠るダリルの前髪に指を通し、愛おし気に目を細める。

「なあ、ダリル」

常ならば弾き返されるようなその仕草にも、ダリルが反応を示すことは決してない。
精巧に出来た人形のように、変わらぬ安らかな寝顔を見せるだけ。
ローワンはその胸に自身の額を押し当てて、くぐもった声で呟いた。

「あとどれだけ、君を待っていればいい?」

 
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