倉庫 GC

□希望的観測
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それから数年の時が経ち、東京は見事な復興を遂げた。
活気を取り戻した街には、あの日々を思い出すものはほとんど残っていない。
そんなもの悲しい街に背を向けて、ダリルは東京湾を前に溜め息を一つ零した。

数年経った今も尚、ローワンの遺体は見付かっていない。
敵味方含め、遺体が残っている者の方が珍しい。
既に数百の兵は遺体のないまま死亡したとして処理され、ローワンの名前もその中に刻まれた。
軍刑務所に収監されていたダリルは、全てが終わった後にその事実を聞かされた。
悲しかったのかと問われれば、彼はわからないと答えただろう。
そのくらい実感がわかなかった。
それでも割り切らなければならないからと、彼はようやくこの場所を訪れた。
色とりどりの花を抱えて、些か少ない思出話を手土産に。

「久し振り」

捧げる墓を知らない彼は、東京湾に向かいぽつりと呟く。

「わざわざ来てやったんだから、感謝してよね」

そこにいないとわかっていても、彼は憎まれ口を叩く。

「誰もアンタの墓の場所なんて教えてくれなかったよ。もしかして、墓も造ってもらえなかったの?」

生意気に鼻で笑おうと、困ったように笑う彼はもういない。

「仕方ないから、命日くらい僕が祈ってやるよ」

いない彼の代わりに苦笑し、ダリルは憂いを振り払うように踵を返す。
その時だった。
ドン、と足に何かがぶつかり、小さな悲鳴を上げて転がった。
足元に視線を落とせば、仰向けに倒れて顔を歪める少年の姿があった。
少年はみるみるうちに両目に涙を浮かべ、次の瞬間には声を上げて泣き出した。

「うわあああん!おかあさぁああん!」

見たところ怪我はない。
転んだことに驚いて泣いたのだろう。
ダリルは溜め息を吐くと、少年の前に腰を落とし、泣きじゃくる彼の頭を撫でた。

「大丈夫。痛くないだろ?」

少年はしゃくり上げながら、きょとんとしてダリルを見上げた。

「な?」

念を押すように問えば、少年は泣くのをやめてこくりと頷いた。
涙は未だ浮かんでいるが、もう無様に泣き叫びはしないだろう。
ダリルは再び少年の頭を撫でてやると、持参した花束の中から一本だけ花を抜き取り、少年の手に持たせてやった。

「ほら、これ持ってパパとママのところへ帰れよ」

少年はまたこくりと頷き、小さな手を着いて立ち上がった。そしてきょろきょろと辺りを見回し、親を見付けたのか一目散に駆け出した。

「おい!あんまり急ぐなよ!また転ぶぞ!」

去り行く背に声をかけると、少年は無邪気に手を振った。
そのまままた走り出す姿に、ダリルはくすくすと笑いを零す。

「そそっかしいガキだな」
「まるで昔の君みたいだ」

突如割って入った声に、ダリルは驚いて振り返った。

「やあ」

いつの間に。誰が。
そんな疑問もすぐに掻き消える。

「久し振り、ダリル」

彼だった。
記憶の中の彼より少し髪が伸びているが、間違いない。

「そんな顔するなよ。幽霊じゃないんだぞ?」

昔のように困った笑みを浮かべ、彼はダリルの前に立つ。

「ロー……ワン?」
「ああ」
「本当に、本物?」
「そうだよ」

恐る恐る、ダリルはローワンの頬に手を伸ばした。
ローワンはその手を掴み取り、自身の頬に押し付る。

「ほら、ちゃんと触れるだろう?」

温かい、人の肌の感触だった。

「大きくなったな、ダリル」

ローワンはそう言って微笑むと、先刻のダリルが少年にそうしたように、空いた片方の手で頭を撫でた。

「それに、ずっと優しくなった」

ダリルは目にいっぱいの涙を浮かべながら、彼の頬をつねって笑った。

「遅いんだよ、ばぁか!」

 
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