倉庫 GC

□届かない指先
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死の間際というものは人に未練を抱かせるらしい。
腹から止め処なく溢れる血の滴を掬い上げながら、ローワンはそんなことを思った。
ダリルをエレベータに押し込み、どうにか彼を逃がしたローワンは、間を置かずに現れた国連軍の追っ手と交戦状態に入った。
とは言え丸腰の彼に応戦することなど不可能で、せめてエレベータが動き出すまでの僅かな時間を足止め出来ればと、敵の注意を引きながら物陰を逃げ回った。
最初の銃撃の後、エレベータはダリルを乗せて無事動き出す。
それに安堵の息を吐いた一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。
二度目の銃撃で、物陰から僅かにはみ出したベレー帽が跳ね飛ばされる。
慌てて駆け出した彼の左肩に一発。もんどり打って倒れ込んだ背に、とどめとばかりに何発もの銃弾が撃ち込まれる。
一発ごとにローワンの体は痙攣するように跳ね上がり、銃声が止む頃には指先一つ動かなくなった。
動きを止めたローワンに、兵士達は背を向けて去って行く。
エレベータで先に脱出したダリルを追うのだろう。
その背に鉛玉を浴びせなければならないのに、ローワンの体はもう動かなかった。
全身をじっとりと濡らす温かい何か。それが汗なのか血液なのか、彼にはもうわからない。
やがて足音が消え、耳に届くのは自身のか細い息遣いだけになった。
体は燃えるように熱かったが、何故だか今までよりずっと軽くなったように思われた。
彼は血溜まりの中に片手を着き、残る力を振り絞って上半身を持ち上げた。
腹からはぼたぼたと血が流れ、生きていることが不思議なほど全身は真っ赤に染まっている。
死んでしまいそうなほどに痛む腹を抱え、壁に凭れるようにしてどうにか立ち上がる。
生きて帰らなければ。
ダリルを迎えに行かなければ。
その意思だけが、ぎりぎりのところで彼の体を支えていた。
彼にしてみれば、本当はそんな気などなかった。
追っ手の足音が聞こえた瞬間、例え自分が死のうともダリルだけは逃がそうと思った。
作戦は失敗し、自分達は敗北した。
仲間はほとんどが命を落とし、彼にはもうダリルしかいなかった。
指揮官として、仲間として、せめて生き残った彼さえ生かして帰せたなら。
そんな考えも、最後に見せたダリルの表情で揺らいでしまった。
敵味方双方から恐れられた皆殺しのダリルが、あんな子供のような顔をするなんて卑怯だ。
あれでは彼を独りぼっちにするなんて、出来るはずがないのだから。
動かない足を引き摺り、ローワンは懸命に歩を進めた。
崩壊を始めた建物の悲鳴を聞きながら。
彼のもとへ辿り着くために。
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