倉庫 短編

□空席はありません
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彼女が首を括って死んだ。
六月の大雨の日だった。
死んだ彼女の後を追おうと、首を吊って死ぬことを決めた。
近くのホームセンターで一番頑丈なロープを買って、庭の一番高い木の、太い枝にロープをかけた。
死ぬ前にと、田舎の両親に遺書を書いた。

「先立つ不幸をお許しください、と。ごめんな、母さん、父さん。でも俺、行かなきゃいけないから」

不思議と、未練も後悔もなかった。
今はただ、彼女のもとへ行きたかった。
靴を脱いで、椅子に上って、目を閉じて深呼吸。
これが最後の呼吸だ。
そうして最後の息を吸い、目を開けたところで気が付いた。

「あ」

吊るしたロープに首をひっかけて、死んだ彼女がじっとこちらを見ていた。

「なん、で……」

彼女はロープをぎゅっと握り、伸びた首を捻ってこちらを睨んだ。

「……退いてくれないか。君がそこにいたんじゃ、首が吊れないじゃないか」

促すように手を伸ばすも、彼女はじっとこちらを睨んだまま。
しばらくそうして睨み合っていると、不意に彼女が口を開いた。

『死ねるだなんて思わないで』

そこでようやく理解した。
彼女はこの自殺を阻むために現れたのだと。

「そちらへ行ってはダメなのか?君と共に行ってはいけないのか?」
『ついてこないでよ。当分アンタの顔なんて見たくもない』

それだけ吐き捨てると、彼女はこちらを睨みながら、ゆっくりと景色に溶けていった。
残されたロープはゆらゆらと揺れ、確かにここに彼女が居たことを教えてくれた。

「………嫌われたのか」

地獄へ落ちても、彼女は顔を会わせてはくれない。
ならば死ぬ意味もない。
椅子から下り、靴を履き、書いた遺書を破り捨てる。
自殺ごっこはこれでおしまい。
ただ、木にぶら下げたロープだけは外さずに残しておいた。
彼女の機嫌が直った頃に、また首を括るために。
或いは、また彼女に会うために。





空席はありません
――――――――――
だからまだ死なないで
 

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