倉庫 短編

□寓話
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あるところに一頭のヤマアラシがいた。
ヤマアラシは病気の母親のために、隣の山まで薬草を採りに行った。
だが困ったことに、薬草は山の何処にも生えていなかった。
困り果てたヤマアラシが次の山へ向かおうと山をおりたところ、一件の山小屋を見付けた。
山小屋には白く汚れた窓があり、そこから中を覗き込むと、探していた薬草が窓際に干されているのが見えた。
ヤマアラシは大喜びで、山小屋の戸を何度も叩いた。

「人間!人間!薬草を分けてくれよ!」

すると扉の向こうから、か細い声が返ってきた。

「申し訳ないが、この薬草はあげられない。他をあたってくれないか」

ヤマアラシはまた強く戸を叩いた。

「お願いだよ!僕のママが死にそうなんだ!」

こうしている間にも、母親は死の危機に瀕している。
ヤマアラシは一刻も早く薬草を手に入れたかった。

「お願いだよ!お願いだよ!」

叩かれる戸の向こうで、人間が小さく呻いた。
そして一言、少し待っていてくれと返した。
ヤマアラシは戸を叩くのを止め、言われた通りにじっと待った。
山小屋の中からは何かをひっくり返す大きな音が聞こえた。
十分ほど待った頃、ようやく山小屋の戸が開いた。
中から出てきた人間は、風呂敷を片手に持ってヤマアラシの前にしゃがんだ。

「おいで。落ちないように結んであげよう」

ヤマアラシは頭を振った。

「僕はヤマアラシだ。触ると針が刺さるよ」

けれど人間は白い手でヤマアラシを抱き寄せ、その首に風呂敷を器用に巻き付けた。

「これで、走って帰っても落ちないだろう。さあ、急いでお母さんに届けてやりなさい」
「ありがとう!ありがとう!」

ヤマアラシはぴょんぴょんと飛び回ると、一目散に駆け出した。

「気を付けるんだぞ!」

背後で人間が声をかけたが、ヤマアラシは振り返らなかった。



太陽が3回も空を回る頃には、ヤマアラシの母親はすっかり元気を取り戻した。
それから2回も空を回れば、元気に走り回れるほどになった。
その頃になって初めて、ヤマアラシは人間にお礼を言いに行こうと考えた。
母親を連れて山を越え、あの山小屋の戸を叩く。

「人間!人間!」

何度叩いても戸は開かない。

「おい人間!いないのか?」

叩いても叩いても、帰ってくる声はない。

「坊や、お母さんが中を見てきますよ」

ヤマアラシの母親はそう言うと、ぴょんと飛んで山小屋の窓に飛び付いた。
そうして小屋の中を見回すと、ベッドに眠る人間の姿を見付けた。
人間は白い腕をベッドから垂らし、ぴくりとも動かない。
母親は窓からぴょんと飛び降りると、戸の前で待っているヤマアラシに首を振った。

「坊や、誰もいないみたいですよ。きっとお出掛けしてるんでしょうね」
「……人間、いないの?」

ヤマアラシはがっくりと肩を落とした。
その肩に鼻先をすり付け、母親は励ますように言った。

「だから坊や、玄関に花を置いておきましょう。きっと坊やのことを思い出して、喜んでくれるはずですよ」

母親の言葉を聞いて、ヤマアラシは目を輝かせて頷いた。

「お花!ママ、僕お花いっぱい摘んでくるね!」

ヤマアラシはぴょんと跳ねると、大急ぎで山に駆け上っていった。

「ええ、沢山摘んでくるんですよ」

その背中に声をかけながら、ヤマアラシの母親はそっと山小屋を見た。

「沢山、沢山、摘んでくるんですよ」

小屋の中ではまだ、人間が眠っている。


 
 

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