短編系2

□麗しく、静寂
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「かわいそうだね」

小さいころ幼馴染はそういって、俺が飼っていた魚のジェシーを指でつついた。不思議と俺はその言葉を聞くと悲しさが吹き飛んだのを覚えている。
十代半ばになったころ、俺は村の素行不良の連中と海に出ることにした。もちろんその幼馴染も連れて行った。というか、何も言わずともあいつは俺のそばに必ずいた。おれはそれに満足した。まるで、物を知らない雛鳥が親鳥にくっついて回るかのような、そんな彼女の無知な所が俺は好きだった。
最初に人を殺したとき、やっぱりあいつは悲しそうな瞳で、「かわいそうだね」とつぶやいた。
そのとき、俺のなけなしの罪悪感はみじんも残らず砕け散った。
長年一緒に悪いことをしてきた仲間が、海軍にやられて死んだときも、あいつはかわいそうだと泣いた。
そいつは、俺のジェシーが死んだときのように、無残になった人間を見つめていた。その姿に酷く安心した。

「ねえ、キッド。今度の島なんだけど、一緒にお買い物に行きたいなあ」

物思いにふけっている俺に彼女は何の疑いもなく近づいてきた。白けたような笑顔で。
組んでいた足をといて、思いっきり地面をけとばした。
これじゃあ、ガキの癇癪とそうかわりゃしねえ。

「・・・その笑い方やめろ」
「どうして?キッドは私に笑ってほしくないの?」

その気味の悪い笑顔を張り付けたまま、あいつは俺に問いかけた。
そうじゃねえ。
でもなぜか、こいつの白けきったような、それでいて何も知ろうとしないような、そんな笑い方が大嫌いだった。

「かわいそうだね」

ふと、そいつがその言葉を発したのを俺は聞き逃さなかった。
顔を上げれば、あいつは無表情でこちらを見つめていた。魚や他の人間の時とは違うその表情に、言いようのない恐怖が生まれた。
同時に、俺は気づいた。
そうだ、あいつは魚が死んだときも、人間が死んだときも、死んだ奴らにかわいそうだと言ってたんじゃねえ。
俺に言っていたんだ。

「ねえ、キッド、たくさん亡くしたね。安心したでしょう。私が、言葉を発して、泣いて、憐れんで。
 かわいそうだね、キッド」

あいつのひんやりとした手が、俺の顔を包み込む。
何も知ろうとしないのは俺のほうだった。
その無表情の冷やかさに、俺の恐怖は静かに幕を下ろした。



麗しく、静寂








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