短編系

□ラプンツェルの結末
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椅子に縛り付けられるような授業もおわり、放課後。風魔は部活をするわけでもなく、ひたすら図書館で本を読むことに専念していた。今年入部したばかりの新入生の吹奏楽部の稚拙な練習音も耳に入らないほど集中して本を読み進める。
ふと、周りを見ればいつの間にか真っ暗になっていた。壁にかかった時計を見れば7時をまわっていた。
(早く帰らなければ、心配させてしまう)
読みふけっていた本をかばんに乱暴に詰め込み、図書館を後にする。
暗い廊下は昼間のにぎやかな様子とはうって変わって、どこか気味の悪い雰囲気を醸し出していた。
近道の非常階段を降りようとして、ふと踊り場に目をやれば窓が開いていた。風の音に混じり、何か別の音が聞こえていることに風魔は気付く。
(ピアノ・・・?部活生はとっくに帰ってる筈なのに)
どうやら非常階段の斜め上にある音楽室から聞こえているようだ。目を凝らして見れば、確かに誰かが見えた。
しばらくそのピアノの音を聞いていると、不意に音楽室の方から声がかかった。窓辺からちらりの覗く顔に息をのむ。

「ごめんなさい、煩かったでしょう?」

そう言って申し訳なさそうな表情をした彼女は、どこか儚げで、美しかった。

あれから何回もあそこに通った。彼女は7時頃になるとピアノを弾く。俺はピアノを聞くというよりも、ピアノを弾く彼女を見ていた。

「ねえ、風魔くん。ラプンツェルって話を知っている?」

ピアノを弾いていた手を止め、彼女はこちらを見つめる。
首を振ると彼女は少し残念そうな顔をして、「そう」と一言つぶやき、またピアノを弾く。

次の日もまた何時もの様にあの非常階段に向かう。だが彼女の姿は無く、ピアノの音も聞こえてはこなかった。
今日は来ないのだと思い、とぼとぼと帰る。
帰り道、数台のパトカーと一代の救急車とすれ違った。

「おお、風魔今日は遅かったの!」

家につけば祖父が自分を迎える。
風魔は違和感を覚えた。今日は遅かった″と。いや今日は何時もより早いくらいだ。何時もはピアノを聞いてから帰っていたのだから。違和感はふつふつと、泉のように湧きあがる。

「しかし、風魔よ。最近晩御飯時に何時もぼーっとしとるが、大丈夫かの?」

その一言で、風魔は気付く。
自分は彼女に名前を教えてはいなかった。しかし彼女は確かに呼んだのだ。
「ねえ、風魔くん。ラプンツェルって話を知っている?」
夕飯も最近は帰るのが遅かったから、一人で食べていたはずなのに。祖父は夕飯時の自分の様子を知っている。
もう、わかってしまった。
いや、本当はとっくにわかっていたはずだ。
彼女が、一学年下の、酷いいじめにあっていた子だと。
学校という塔に閉じ込められ、いじめという魔の手から、彼女を救えなかった。
あの、すれ違ったパトカーは、救急車は。
最悪の予感に背筋に冷たいものが走るのと同時に、もう彼女には会えないことにひどい喪失感が生まれた。


ラプンツェルの結末


王子はラプンツェルを魔女から救うことはできませんでした
哀れな彼女は永久に救われぬままです
めでたしめでたし


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