短編系

□失楽園にてほほ笑む
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広い、広い森の中でただ一人私は立って居た。なぜ此処に居るのだ。なぜ私は何も覚えていないのだ。
答えは見つからない。だから少し探索していることにした。森を私は歩く―

「よう、お譲ちゃん、俺は元親だ」

最初に出会ったのは片目を隠した銀髪の男。男は薄ら笑みを浮かべ私に問う。

「このか鳥かごはお譲ちゃんの物か?」

美しい筈の銀の鳥かごは、体が強張るほどの嫌悪感を生みだす。

「いいえ、それは私のではないわ」

私は男に別れを告げる。また広い森広い森を歩く―
進めば進むほど霧が濃くなる。

「よ!こんにちは〜、お嬢さん!俺様は佐助」

次に会ったのはオレンジ色の頭をした男。男はニコニコしながら私に問う。

「この時計はお嬢さんの物?」

美しい筈の銀細工の懐中時計は、頭が痛くなるほどの苦痛を生みだす。

「いいえ、それは私の物ではないわ」

私は男に別れを告げる。また深い深い森を歩く―
進めば進むほど帰り道を見失う。

「ああ、卿を待っていたよ。私は久秀という」

三番目に会ったのは、白髪交じりの男。男は悟ったような笑みで私に問う。

「この楽器たちは卿の物かね?」

ピカピカに磨かれたピアノにトランペットにフルート、吐き気がするほどの劣等感を生みだす。

「いいえ、それは私の物ではないわ」

私は男に別れを告げる。また寒い寒い森を歩く―
進めば進むほど心を失う。

「やあ、待ちくたびれたよ。僕は半兵衛」

四番目に会ったのは、白い髪の仮面をつけた男。男は妖しくほほ笑み私に問う。

「この写真は君の物かい?」

無機質な顔をした男女の間に孤立したような女の子が映っている写真、反吐が出るほどの憎悪を生みだす。

「いいえ、それは私の物ではないわ」

私は男に別れを告げる。また暗い暗い森を歩く―
もう戻れない。

「よぉ、ずっと待ってたぜ。俺は政宗」

最後に出会ったのは黒い眼帯をした茶髪の男。男は優しくほほ笑み私に問う。

「この人形はあんたのか?」

黒ずんでボロボロで所々千切れている汚い汚いマリネット、胸が締め付けられて涙がでる。

「いいえ、それは私の物ではないわ。
 私はいつだって私の物ではなかったから。
 鳥かごに閉じ込められたように私には自由がなかった。時間を管理されていたから私には自分の時間がなかった。やりたくもない習い事をやらされていたから私にはやりたい事がなかった。私の何もかもを縛り付け、私を嬲り虐げた両親が、大嫌いだった・・・」

広く、深く、寒く、暗い森はいつの間にか私を優しく包む。

「貴方達は死神なの・・・?」
「It is different.(それは違う)俺たちはあんたをどこにも連れて行きやしない。
 あんたから生まれた俺たちはあんたの望まないことはしない」

ああ、そうかと少女は初めてほほ笑む。
すべてに満足したように少女は静かに目をとじた。



失楽園にてほほ笑む

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