短編系

□ある嘘つきの美しさについて
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「奇妙だと思わないかね?」

そう刑事は私に問う。
ここはとある殺人現場。である筈なのに男は神妙な顔の一つもして見せず、余裕と言わんばかりに笑みを浮かべている。

「何がでしょう」

私は殺人事件の被害者遺族。被害者との関係は、父と娘。
誰が言っていたのかは失念してしまったが、無表情とは笑っているのか泣いているのか、はたまたそうでは無い表情すべてに捉えることのできる表情なのだという。私はまさに今無表情なのだろう。視る人により表情を変える、そんな表情だ。

「被害者遺族である卿は泣きも笑いも驚きもしない、普通であれば君が真っ先に疑われるだろう?」
「そうでしょうとも」
「ではなぜ?泣くなり驚くなりしてみたらどうだね?」
「まあ!刑事さん、私は正直者で御座いますから、すぐに顔に感情が出てしまいますの。
 ですから私に、そのような器用な真似はできませんわ!」

私がそう言うと彼は大変大きく笑った。私の小芝居がとても気に入っていただけたようで、彼は部下にこれは事故だとあれやこれや、こじつけであろう推理を聞かせて見せる。其れを見る限り彼の部下は余り聡明で無い様に思える。

「さて、私はこれで失敬するよ、美しきお嬢さん。・・・また次を期待しているよ」

私は去ってゆく彼にお辞儀をする。
まったく誰もかれも酔狂な事だ。また次を、など刑事が口にする言葉ではないだろうに。
私はすっかり綺麗になった部屋を見回して、満足した。これで私の邪魔な大きな埃を取り除くことが出来たのだ。でも終わりは無い。生きて往く限り埃が次々とわきだす。彼の言うように次は絶対来るのだ。
次が来た時また彼に会えるのだと考えると歓喜で体が震えるのが分かった。
私はまた彼にどのような小芝居を演じるべきか、シナリオを考えながら、部屋を後にした。



ある嘘つきの美しさについて


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