短編系
□グレーテルの咀嚼
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冷えたキッシュを咀嚼する。
まずくてまずくて吐き気がする。
私がなぜこんなものを食べなければならないのだろう。
答えは一つだ。
彼が、三成が帰ってくるのを、もう4時間は待ち続けているからだ。約束の時間はとうに過ぎ、私が手作りしたキッシュは固く冷え切り千切れ、スープは汚泥のように汚らしくぶちまけられ、パンはぐにゃりと踏みつぶされていた。
私は食事というものが世界で一番嫌いだった。甘ったるいお菓子は特に。
あんなまずいものはない―近所の汚らしい、脂ののった子供達が食べているのを見るだけでも吐き気がする―。
料理などしたくはないのだが、彼は外食を好まない。彼のためなら、と私は一生懸命、せっせと毎日作るのだ。
だがどういうことだ、彼はかえって来やしない。夕食の時間はとうに過ぎている。ああ、彼のための料理は何とも無残に床に転がっている。彼には悪いがどうしても耐えられなかったのだ。
「今帰った」
「ずいぶん遅かったんだね、心配していたんだ」
何事もなかったかのように帰宅した彼に安堵する。ああ、本当に良かった。
「会社の女がうるさくてな。少々手こずった」
「ううん、いいんだ。君が帰ってきてくれたなら。食事はダメになってしまったんだ」
ごめんね、と謝れば彼は部屋を見回して「気にするな」と言ってくれた。
彼はやっぱり、私を一番わかってくれている。
臓物のようにぶちまけられた食事の真ん中で、私たちは固く抱き合った。
「お土産、あるんでしょう?」
私をこんなにも待たせたのだから。ないと困るんだ。ねだるように見つめれば彼は、三成はゆっくりと私から体を離し、カバンの中から物を取り出す。
「最初に口にしたあの味を覚えているか?」
「ああ、もちろんだ」
思えば、最初は母だったのだ。あの女は私を殺そうとした。だが私たちだって馬鹿じゃあない。ぐらぐら煮えたぎる、―まるで魔女の釜の底のような―煮えたぎった湯に突き落とすことは思ったよりもずっと簡単だった。
考えたのは私。やったのは彼。
「震えているのか?」
「いいえ、違う。そうじゃない」
だって、こんなにも幸せなことはない!
この宴を再開すべく、わたしは物を受け取り台所へ向かう。ぐらぐらと煮えたぎるのが待ち遠しい。
彼が私を後ろから抱きしめる。
「兄さん、好きだ、愛してる」
あの女は、私たちの母は魔女であった。だから私たちは許されるのだ!幸せなんだ!
ぐらぐらと煮えたぎった鍋の中に彼は私の代わりに、物を落とす。
そいつはまるで妬ましそうに私たちをどろりと溶けた瞳で見つめていた。
グレーテルの咀嚼
(私はラプンツェルのように決してしくじったりはしない!)
いったい彼女にとっての幸せとはなんなのでしょう!
きっと彼女は幸せの意味に気づくこともなく、これからも他人の犠牲の上に生きていくのでしょう
めでたしめでたし
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