短編系

□淑女は靴を脱ぐ
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靴が好きだ。
赤、黒、紫。毒々しく発色しているハイヒールたちをならべ、私は心底満たされたような気分になった。深緑のカクテルドレスはベッドに流れ、先ほどまで髪を飾っていたバレッタは床に転がっている。靴を履いたままベッドの上でうつ伏せになり、両手を頬に寄せて満足げに眺める。
靴は私の支配欲を反映している。
穢れを知らぬ生娘がはくような靴ではなく、自分にはまだ早いような大人の香りがする、そんな靴が好きだ。

「勝手に部屋に入らないで。ネコさん」

部屋の隅の暗がりに声をかければ、獣が威嚇しているかのような低い唸りが聞こえた。
きっと怒っているのだろう。

「何をそんなに怒っているの。何がそんなに気に食わないの」

靴たちから目を一切離すことなく、彼に問いかければ、急に背中にずしりと重みがのしかかった。
何も部屋の中で剃を使うことはないのに。私どこへも行きやしないというのに。
そのうち、発情期の猫のように首根っこに噛み付きやしないかと不安でたまらない。

「・・・靴を集める奴は、どこか遠くに行きたい願望があると聞いた」

返事はしない。
私は一切目を離さない。
ああ曲線、色、艶、素材、すべてが私を魅了してやまない。私はまるで淑女のように顔を赤く染め、娼婦のように浅ましく呼吸を繰り返す。

「ああ、素敵・・・。どうしてこうも美しいのかしら」

ため息が漏れる。熱い吐息は本来ならばそのまま宙に消えるはずだったのに。

「あなたの意図がわからない」
「・・・お前はどこに行く気だ」

その吐息は彼に吸い取られた。
珍しく感情を出しているらしい彼は、ぐるりと私を回転させる。

「あえて言うなら、世界中の靴屋に行きたい。ああ、こんなに美しいものがほかの下種の手に渡るなんて耐えられないもの」

彼は、ルッチはその答えに満足しなかったらしく、私の足に噛みついた。
まったく、言葉でいえばいいものを。彼はいつもこうだ。
私は欲望の数だけ靴がほしい。あなたをほしいと思った数だけの靴がほしい。私の毒々しい思いは靴に反映されてゆく。
彼が足を唇から外したのを確認して私ははいている薄紅のヒールを脱いだ。




淑女は靴を脱ぐ







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