短編系

□愛でるは夢
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「初恋でしたの。本当よ刑事さん」

そういって女はけらけら笑った。
可愛げもない、乾いてかすれた声だった。

「私ね、3年間ずっとあの人のことが好きでしたの。
 最初は憧れなのかと思っていたんですけどもね、あるとき夢を見ましたの」

女は奇妙なことに笑顔で話を続けた。

「あの方に抱きしめられる夢を。はっとして、飛び起きました!
 それで、気づいたんですの。ああ、私はあの方が好きで、それでいて愛しているのだと」

女の赤い唇はきれいに弧を描いて、しかし目は一切動かぬまま、やはり女は話を続けた。

「でもねえ、あの人は私のことなんて見てなかったの。
 私は自分を売り込むほどの勇気を持っていなかった。
 私がもっと美しく、賢い人間であったならきっとあの人は私を見てくれたに違いありませんのに」

女はそういって自嘲した。
はたから見れば女は確かに地味だが、その綺麗に上がった口角は今まで見てきたどんな女よりも美しい。この女は果たしてそれを知っているのだろうか。

「だが、てめぇが犯した罪は変わらねえ」

初めてこちらが口を開いたことに、女は驚いたような顔をして見せた。

「まあ、刑事さん。それはそうでしょうとも。
 ただどうしてもこれを伝えたかったのよ。
 私はあの人を愛していて、どうしようもなかったの。だって、好きなものが他人の物になるだなんて、耐えられませんもの」

女は自分の足元を見て、またけらけらと笑った。
女の靴には赤黒く乾いた汚いものがまんべんなくこびりついていた。

「あははは、初恋はかなわないって言いますものねえ。
 ねえ、刑事さん。私の話を聞いてくださって有難う。本当にうれしかった」

女はそれだけ言うと、また元のように嗤いはじめた。何がおかしいのか、彼女はもう答えなかった。
下っ端に連れて行けと、命じれば女は何ら抵抗することもなく、おとなしくそれに従った。
ふと、女の足元に目をやる。無意識に何度も見てしまうようだ。それもそうだろう。この事件は自分の刑事人生のなかで最も悲惨で、残虐なものだったからだ。
なかば自分に言い聞かせるように、足元から視線を上げれば女はこちらをじいっとみていた。
車に乗せられるその直前に女は、にいっと笑った。
その笑みに魔性を感じた。



愛でるは夢






半分は本当のことさ


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