短編系

□奥に重なる
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「政宗」

のんびりした朝日を浴び、反対に忙しそうな
顔をした人々をマンションの最上階から眺めながら、姉ちゃんは俺を呼び止めた。

「なんだよ、姉ちゃん」

面倒くさいと言わんばかりに振り向いた。

「今日、晩御飯いらないから」

姉ちゃんはそれだけ伝えると、行ってきす、
と言い残し会社に繰り出す。
過ぎ去ってゆく背中を見つめながら、どうしようもない感情がふつふつと沸く。
そう言えば最近姉ちゃんは小十郎の話をやけにする。
小十郎が、小十郎が小十郎が小十郎。
どろりとしたものは、政宗の胸の奥の感情を溶かしてゆく。
俺達はたった二人の兄弟だ。両親は離婚した。
姉ちゃんは母さんから、俺は父さんからそれぞれ歪んだ愛を受けた。
離婚する前に、母さんから虐げられていた俺に姉ちゃんは一緒に暮らそうと言ってくた。
なのになのになのに。
がしゃん、と音を立てていましがた役目を終
えたばかりの皿を壊す。

「ただいまー。政宗ー?朝ごはんいらない
や。シャワー浴びてすぐ会社行くから」

早朝、帰ってきた姉ちゃんは、鞄を放り投げ風呂場へ直行した。
俺は大根を切っていた手を止める。
一瞬姉ちゃんから男物の香水の香りがした。俺だってもう高校生だ。もう分かる年頃だ。
少しして風呂から出てきた姉ちゃんは、牛乳を一気飲みした。

「政宗?どうかした?」
「姉ちゃんは、俺のこと邪魔じゃないか?」

姉ちゃんは表情も変えずに、どうしたの、と
俺の顔を覗き込む。
胸の奥の感情の正体が分かった気がした。

「小十郎のこと、好きなんだろ。俺、父さんの所に行くから。今までせわになった」

姉ちゃんは相変わらず表情を変えない。

「違うよ、政宗違う」
「何が違うんだよ!!!」

俺が叫ぶと姉ちゃんは鼻で笑った。

「政宗は、私のこと嫌い?私は好きだよ。大好き。
 その父さんに似た瞳とか、顔とか手とか足とか」

歪んだ笑みを浮かべた姉ちゃんを見て、俺はもう一つのことに気づく。
ああ、なんだそういうことか。

「政宗は私に誰を重ねてる?」

このどろどろとした思いは、姉ちゃんに向けてではなく、重なる母親の面影に対してだっ
たのか。
結局俺達は似た者同士だったのか。なんだ、そうだったのか。
姉ちゃんは相変わらず歪んだ笑みを浮かべ
た。この笑い方は俺を虐げるときの母親の仕草。
ああ、本当に簡単なことだった。俺は。


奥に重なる

(俺は母親を、姉ちゃんは父親を、重ねる)
(愛してる、ってお互いに唇が重なった)
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