短編系
□狭間の亡霊
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月光の下、無数に散らばる戦の爪痕ともいえる死体の数々。
そんな中、一人の少女がただぼう、っと立っていた。
「卿は何をしているのかね?こんな所をうろつくのは狂気の沙汰としか思えないが」
少女はほほ笑むだけで、答えを口にはしなかった。
「なるほど。卿は勿怪の類かね?」
少女に問いかければ「いいえ。ただの名もなき亡霊よ」と少し悲しい顔でほほ笑んだ。亡霊、と言われれば彼女はそれに似つかわしい白い着物を着ていたし、何より顔には生気が感じられなかった。
「私にとりつこうとでも言うのかね?」
「いいえ。亡霊にそんな力ないわ」
「では何をしているのかね」
「だから、亡霊よ」少女はまた言葉を繰り返す。亡霊、そういえばこの少女は何の亡霊なのだろう。否、何に未練があってこんな退屈な世に舞い戻ってきたのだろう。
「本当は知ってるくせに」
一瞬言葉の意味を理解しかねたが、すぐに心のどこかで納得した。
ああ、なるほど。この少女は。
「とうに亡くしたものと思っていたよ」
そう少女に言えば、少女はやはり悲しい顔をした。「おかえり」と一言つけくわてやると、少女は今度こそうれしそうに微笑み、暗闇に溶けて行った。
まったく、年をとると自分に甘くなる。若いころに捨ててしまった良心とやらが、こんな形で帰ってきてしまうなんて。
狭間の亡霊