□あなたが
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どこかに行ってしまうこと、離れ離れになってしまうこと、
どれも考えもしなかった。

もう届かなくなることなんて、尚更。




「まけとくわ。これ。」

いのに差し出されたのは大輪のヒマワリだった。
どんな顔をしていいかわからなかった。
この時だけではない。ここ最近、表情の作り方が分からなくなった。

「間抜けな顔してないでよ。あんたがそんなんでどうするの?」
「あぁ…そうだよな」

彼女の手から一本の花を受け取り、店を出た。

最近は陽の照りがきつい。
おかげで店から出た途端、背筋にうっすらと汗が滲むのが分かった。
こんな暑い日でも、あいつは汗をかいたりすることはないだろう。


普段出入りしないそこは冷房が効いてひんやりと涼しかった。
長い廊下は閑散としていて、段々と気が滅入るのが分かった。
途中で一人の医師とすれ違い、会釈をして通り過ぎた。

鉄パイプの取っ手の付いた引き戸を開ける勇気が無い。
抱きしめてきたヒマワリの花を一層強く抱きしめる。
喉がカラカラに乾いて、粘ついた唾を飲み込んだ。
冷たい鉄パイプに手を掛け、意を決して扉を開く。

「…キバ…」
「シカマル…!」

清潔そうなベッドに起き上がってキバが、こちらを向いて驚いた表情を見せた。

心のどこかでほっとしたのを感じた。
意識が無い訳じゃない。
管で繋がれている訳でもない。

「見舞いに来てくれるなんて…意外だな」
「当たりめーだろ、行かない訳ない。」
「そっか、サンキュな。」

笑って見舞いを素直に喜ぶこいつが、今どんな状態にあるかは聞かされていた。

今こいつの体の中にはいくつかの鉛玉が落し込まれている。
国外任務で戦闘した敵の血継限界によるものだという。
医療スペシャリストと呼ばれた五代目火影にも摘出出来ない特製の鉛玉は、通常の何倍もの毒性を孕み、確実にキバの体を蝕み、

やがて死に至らしめるという。



「キバ、これ。」
「うお、ヒマワリ!すげーでかいな!」

思ったよりも元気そうで、こちらからも自然に笑みが零れた。
こいつと、あとどれだけこうして笑っていられるだろう。
今日だけ、いや明日には終わってしまうかもしれない。
そんな暗い考えを頭を振って消し飛ばし、出来るだけの笑顔を見せた。

「昨日の任務でな、ナルトが相手の落とし穴にマジで引っかかりやがって。影擬人で助け出した時は本気で焦ってよぉ。」
「はは、ナルトの奴、また馬鹿してんのか。」
「おまえはそんなヘマしない…よな?」
「何だ今の間は!」

同期の話題で盛り上がる内、窓から見える空は段々と夕闇の色を帯びてきていた。

「お前もまた…」

言いかけた時、あの重い引き戸が背後で開いた。

「面会時間終了です。早めにお帰り下さい。」

無機質な看護師の声に、一気に現実に引き戻されたような気がして、気まずく顔を伏せた。
そのまま看護師が立ち去ったのを気配で感じて、椅子を引き、立ち上がる。

「それじゃ、俺…」
「…シカマル…!」

口を開いた時、不意にキバに襟ぐりを掴まれ、引き寄せられた。
そのまま唇に彼の薄めの唇が押し付けられ、しばらく身動き出来ず固まってしまった。

お互いの距離を埋めるような、押し当てるだけの長いキスを終えてから、キバは体を離し、じっとこちらを見つめた。

「キバ…?」
「見舞いに来てくれてありがとう。俺、今日は凄く嬉しかった。」
「何だよ、それ…っ」

何かを悟ったような事を、そんな泣きそうな顔で。

笑うことなんて出来なかった。
ただそこにいる、少し前より細くなったような体を力一杯抱きしめて、彼を失わないようにと、ただ力を込めた。

「痛い、シカマル」

その声に力を緩めて、キバを見つめ返す。
どうしてこいつなんだ。
どうしてこいつがこんな目に遭わなきゃいけない?
最早何を恨んでいいのか分からなかった。

「面会時間過ぎてます!早くお帰り下さい!」

ドアの向こうで看護師の声が聞こえた。
今度こそと立ち上がり、精一杯の笑顔を見せた。

「じゃあ、また明日。」

うまく笑えただろうか。
キバに背を向けてドアへ向けて歩き出した。

「シカマル」

掛けられた声に振り向く。
もうキバの手は届かない所まで来ていた。

「また、来てな。」
「あぁ。」

片手を上げ、そのまま病室を出る。
病室の外の廊下には、行きにすれ違った医師が立っていて、また会釈をして病院を後にした。










犬塚キバが息を引き取ったと連絡があったのは、その日の深夜のことだった。









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