Event Novels
□『ボッコロの日』
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新しい文献が入ったと連絡があったのが昨日の事だ。
「早く来ないとセントラルの特別分館に送るぞ」
そんな脅し紛いの言い方をされたら行かない訳にはいかないだろ?
セントラルの分館なんぞに入れられた日には書類手続きが多く、許可が下りるまで時間が掛かって読むまでに何かと面倒でうんざりだ。
たが東方指令部なら融通が利く。
セントラルなんかに送られてしまう前に!
と、南部の田舎町にいたオレとアルは連絡を受けて直ぐに夜行列車に飛び乗り寝る間も惜しんで東方に来た。
そのお陰でどうにかギリギリで間に合い、文献を手にする事が出来たんだけど………
『ボッコロの日』
「鋼の……」
文献自体はかなり希少な物で申し分ない。
本当に申し分ない。
ないんだけど………
「はが−−」
「うっさい」
「まだ何も言ってないだろう?」
「あんたがそんな風に話振ると大体の予想がつく」
いつものように執務室の二人掛けのソファーに陣取り、文献を読んでいるが大佐が横槍を入れてきて一向にページが進まないし頭に入ってこない。
苛立ってきたオレは文献から顔も上げず、向かいのソファーに座る大佐に指をさした。
「オレにちょっかい出す前にその机の上の物、どうにかしたら?」
指の先は大佐の机。
その机の上には山と積まれた書類。
「あぁ、これかい?
これらはもう全て処理済みだ。君が来る前に片付けておいた」
少しでも君との時間を大切にしたいからね。
と、サラっと言われ少し気分が高揚する現金な自分。
「………で、なに?」
ちょっと嬉しくて大佐の顔を直視せずに、顔も上げないで無愛想に返す。
我ながら可愛いげ無いな……
でも大佐はオレが興味を示した事が嬉しいようでオレに質問してきた。
「ボッコロの日、というのを知っているかい?」
「ボッコロ……?聞いたことねぇなぁ」
「そうか、では教えてあげよう−−−」
文献から顔を上げると、そこには嬉しそうに微笑む大佐と目が合った。
それは西の国の祝日に行われる市民行事。
この日、男連中は老いも若きも愛する女性に一輪の紅い薔薇を送るのが慣わしになっている。
行事の由来は何百年も昔に遡る………
−−−高貴な娘に恋をした下級騎士の若者の話。
その若者は娘の父親に自分の恋の誠意を見せようと、自ら進んで戦争に出かけた。
しかし不幸に若者は戦いで傷つき、ついに力尽き倒れてしまう。
倒れたその場所は純白の薔薇の茂みだった。
若者は最後の力を振り絞り、そこに咲く薔薇を一輪手折って戦友に託した。
戦友はその薔薇を持ち帰り、娘に届けた。
娘は若者の紅い血に染められた白い薔薇を受け取り、愛する人の死を知った。
「−−−彼の想いは紅い薔薇となり残った。
だから紅い薔薇は永遠の証だという話だ」
「…………大佐」
「ん?なんだね?」
「あんたは何を教えたいんだ………
オレに女の口説き方でも伝授でもしてくれんの?
人が文献読むのを中断してまで聞いてやったのが女の落とし方だったとはね。
……大佐ならそんな話の一つや二つでもして、紅い薔薇でも贈りゃ女はイチコロだろうなっ!!」
なんだよ、人が真面目に聞いてれば!ふんっ!と顔を背ける。
背後では大佐がクスクスと笑い立ち上がる気配。
それと共にパチンと音がし、同時にシュウっと何かが蒸発する音。
「鋼の」
振り向くとそこには、ニッコリ微笑む大佐。
手には花が一輪。
その花は大佐の机の花瓶に飾られていた白薔薇。
けど大佐が持っているのは花瓶に入っている純白のものとは違い、錬金術で花の水分を飛ばし些かくすんだ色に変わってしまった白薔薇だった。
「……なんだよ、ソレ」
「これは私の気持ちだ。まだ死ぬ訳にはいかないから紅い薔薇でなくて申し訳ないが−−」
「色なんかどうでもいいなんで枯れた花なんだよ!」
色なんかどうでもいい!
女の人にはちゃんとした
花束贈るくせに……
オレにくれるのは枯れた花だなんて……っ!!
「色にはちゃんと意味がある。さっきの話にも出てきただろ?
それに枯れているのではない、ドライフラワーだ。この方が君も持っていてくれるだろう?」
大佐はニッコリ笑って、そのドライフラワーをオレに渡した。
けど枯れた花を渡されたオレの機嫌が良くなるはずもなく、その後、大佐を無視して物凄い勢いで文献を読み終え、挨拶もしないまま列車に飛び乗り東方を離れた。
*