『Rental』

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(しかし、しかしだっ!
私を教授だと分かっていて馬鹿にしたようなこの態度はどうなんだ!?
敬えとまでは言わない。言わないが教授と学生という立場を抜きにしても年上の者に対する態度じゃないだろ!?
しかも私は客だぞ?近年「お客様は神様だろ!?」と、意味を穿き違えたクレームをする輩の真似はしたくないが、ここは言ってもいい場面の筈だ!!!)

「いいよな?」

「………いい、です…」

「サンキュ♪」


染みついて固着してしまった性根はそう簡単に変われなかった。


「それで?何すりゃいいの?どっか行きたいとか?そういえば時間も決めてなかったよな。2時間それとも3時間?半日とか1日コースってのもあんだけど―――」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!!」


矢継ぎ早の質問に私は慌てて制止をかけた。


「今日明日の話じゃないんだ…」

「んじゃいつ?こう見えても需要あるんだわオレ。でも今月はまだ予約少ないから今ならいつでも大丈夫だぜ」


今度は手帳ではなくスマートフォンを取り出し、カレンダーをチェックする彼に恐縮しながら口を開く。


「………い、1週間後」

「何曜?今日ぐらいの時間になるならまた教授に断っておかなきゃいけないし」

「金曜…」

「金曜ね」

「……から日曜」

「日曜ね。日曜は…―――ってちょっと待った。
“から”って金曜・土曜・日曜の連続三日間じゃなくて“通し”って言ってんの?」

「あ、あぁ…」

「………あのさ、ちゃんと規約読んだ?」


ビクつく私に手にしていたスマートフォンをテーブルに伏せると彼は深い溜め息を吐く。


「キャストをネカフェやカラオケの個室に連れ込む行為は禁止。
勿論ホテルなどの宿泊施設に入室、宿泊なんて言語道断。以ての外」

「規約には一通り目を通したから理解はして、している…」

「じゃあ、なんで禁止か分かる?」


さらに続く詰問と同意義の質問。


「犯罪を防ぐため…?」

「正解。デートレイプドラックってどんなものかは知らなくても名前で察しつくだろ。たまにニュースにもなってるけど、飲み物なんかに入れて相手が昏睡してる間に輪姦して最後には財布盗んで放置してくやつな」

「そんなことをする輩がいるのか!?」

「うちの店じゃまだ被害はない。けど他の店で実際に起きたってって聞いてる。
利用規約に反することをされればキャストは店に通報。予定してた時間じゃなくてもその場で終了。
危害を加えられれば警察に突き出すし損害賠償だって請求する。勿論、逆も然りだ。
利用する側からすれば恋人や友達をレンタルなんて“いまどきのお手軽感”めちゃくちゃあるかもしんないけど、やってるコッチは危険と隣り合わせなんだよ。
その危険から身を守る為の規約を読んだんだろ?なのにアンタは―――」

「頼む!この通りだッ!!」


感情的になってきた彼に対し私は土下座する思いで頭を深く下げた。
それはもう、勢いあまってテーブルに額を打ち付けるぐらいに深くだ。


「たまにいるんだよね、アンタみたいの。
頭下げれば許されるんじゃないかとか、今回だけだからとかさ。
ってかさ、アンタ仮にも有名大学の教授だろ。
そんな地位も名誉もある人間が簡単に頭下げんな。プライドってもんねぇの?情けねぇ」

「そこを何とか!私には君しか!もう君以外にいないんだッ!!!」

「ちょッ!!?」


蔑み、吐き捨てられながら大の大人が一回りも年の離れた男の子相手に土下座する勢いで頭を下げ、大声での嘆願。

傍から見ればかなり異様で確実に“ワケあり”の光景。
白い目で見られること必須な状況だが幸いなことに店内は我々二人とマスターだけ。

(マスターは見て見ぬふりをしてくれてるみたいだが、暫くは此処に足を踏み入れることは出来ないだろう。
だが、もうこうするしか―――)
「私を見捨てないでくれ!!」

「まてまてまて待てっ!!声がデカい!それから誤解を生むような変な言い方やめろ!!
なんか事情があんだろ!?ほ、ほらっ、話ぐらいは聞いてやるから頭あげろって!なっ??」


慌てふためく彼に肩を掴まれ漸く私は顔を上げた。


「………まったく。こんなことまでするなんて相当の事情があるんだろ?
引き受けるのは無理だとしても話ぐらいは聞いてやるからさ、話してみろよ」


年下の、しかも学生に窘められるなんて本当に情けないが私はぼそぼそと事情を話した。
それに対し、彼は最後まで茶化しも笑いもせず最後まで聞いてくれた。


「―――で、早急に助手が必要で必死だったと。
確かに貼り出してあった応募は見たけど、そんな裏事情があったとはね…」


茶化すことなく一通り話を聞いた彼は一息吐くように2杯目のオレンジジュースを飲み干した。


「これは運命じゃないだろうか!?」

「は?」

「カフェテリアでたまたま手にとった雑誌。そこに載っていたサイトから君を選んだ。すると偶然にも君は私が勤めている大学の学生で、しかも講義まで取っていると言うじゃないか!
専門知識も豊富で他の学生とは違い意欲もある!!これほどまでに打って付けの人物は他にいない!!
これは私だけじゃない。君にとっても後学になる良い経験になると思うんだがっ!!??」

「運命じゃないし煽てても無理。
いくら講義を取ってるって言ってもアンタを助ける義理はないし、規約違反をしてまでも引き受けるメリットはオレにはない」

「そっ、そんなことを言わず!!」

「悪いけど他を当たってくれ。んじゃ―――」


そう言い、立ち上がった彼に私は最終手段の“ベタ”な手法に打って出た。


「倍!報酬を倍払う!!」

「変わんねぇーよ」

「2倍、3倍ならっ!?」

「さっ!?いやいや……無理。無理だから」

「4…いや5!!5倍でどうだッ!!!」

「のった!!!」


いつの時代もやはり金が物を言うらしい。


「これから宜しく」

「おう」


私たちは固い握手を交わし、契約成立と相成った。

(毎月振り込まれる給料はほぼ手つかずだから報酬が何倍になろうが大丈夫だったが…いや本当に、本当に助かったっ!!)

私の思惑とは裏腹にこの瞬間から助手となった彼―エドはというと―――

(これ“レンタル”じゃなくて普通に“学生”として引き受けたら一銭も金かかんないってことに気付いてねぇだろ?
コイツ、こんなんでよく教授なんてやってられんな…)
「宜しく、マスタング教授改め“マスタングさん”」


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