Event Novels
□『world no smoking day』-1
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『今月末に世界禁煙デーがある。そこで、諸君には市民の見本となってもらうためにも、今日から31日までの一週間、市井での視察及び指令部内での喫煙を禁止とする』
world no smoking day
中央指令部大総統府からこんな通達があったのが三日前のこと。
「俺に死ねってか…」
「ハボにとっちゃ地獄の一週間だな」
「いいじゃないですか。僕、ハボック少尉は少し吸い過ぎだと思います」
「俺にとっちゃこれが普通なんだよ」
フュリーの言葉に俺は、不機嫌を露に椅子に凭れる。
凭れた反動で椅子が俺の気持ちを反映するようにギィィと悲鳴を上げた。
俺にとっては死刑宣告ともいえる通達があってから“禁煙週間”と書かれたポスターが指令部のアチコチに貼られた。
無論、例外なくこの部屋にもそのポスターが貼ってあるわけで……
普段ならポスターに写ってる水着のお姉ちゃんの胸の谷間に目を奪われるが、今はその豊満な胸の上に乗っかっている襷の“禁煙”の二文字に目がいき、水着のお姉ちゃんがとても憎らしい。
軍はこの機会に俺に禁煙しろとでも言いたいのだろうか?
胸ポケットからタバコを取り出し、くわえ火を付け紫煙を昇らせる。
その煙をぼんやり見ていると隣に座っていた中尉がフュリーの意見に賛同した。
「フュリー曹長の言う通りよ。ハボック少尉は少しどころか吸い過ぎです。半日で灰皿が溢れそうだなんて、ヘビースモーカーもいいところよ」
俺達の方を見もせずに、書類を纏めながら中尉は続ける。
「これを機会に禁煙してみたらどう?」
その方が女性にモテるわよ、と言われてしまえばぐうの音も出ない。
中尉はどうやら知っているらしい。
俺が付き合っていた花屋の彼女と別れたという事を。
別れた原因に確かにタバコの事もあった。
だが別れた最大の理由は、その彼女が本当は大佐狙いだったという事だった。
俺に近づく女達の大多数が大佐狙いだ。
大佐が視察に出る時は、俺が同行することが多い。
唯でさえ何もしていなくても目立つ容姿の大佐の後ろを長身の俺がついて歩く姿は、此処にロイ・マスタングが居ます、と宣伝して回っているようにしか見えないだろう。
一度、町を歩けば女性達の熱い視線が飛んでくるのが日常だ。
しかし、その女性達は誰一人として声は掛けてこようとしない。
当たり前に一般市民が気安く国軍大佐に声を掛けられるはずもない。
だけど、お近づきになりたい!と考えた女性達は取っ掛かりとして先ず後ろにいる俺に声を掛け近づくらしい。
(これは過去に付き合っていた彼女が教えてくれた話だ)
そんな思惑を知らない俺は女性の方から声を掛けられて舞い上がる。
デートを重ね、イケると踏んでいると何度目かのデートで言われる……
『ねぇ、マスタング大佐の連絡先教えてくれる?』
それは別れた花屋の彼女も例に漏れずで、俺と親しくなれば大佐とお近づきになれると思っていたらしい。
彼女は「連絡先を教えて」とまでは言わなかったが今度大佐に会わせて欲しいとお願いしてきた。
いくら俺好みのデカイ胸を寄せて可愛い顔で強請られても、それは無理なお願いだ。
「俺こう見えても忙しいんだ。あんたの伝書鳩やるほど暇じゃねぇんだわ。悪いけど、そういう事は直接本人に言ってくれる」
今回もまた、俺じゃなく大佐だと分かれば俺の熱は一気に冷めた。
けれど、カッコ良く自分から言ったものの、こう何回もダシに使われると凹むもので……
未だ俺の失恋の傷は癒えていない。
お陰で、タバコの消費量も普段の二割増しだっつーんだコノヤロウ。
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