Event Novels

□『洒涙雨』
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此方に向かうのが遅れるという彼の用件は済み、私も本人からの連絡を受けた。




本来ならばそこで「列車が動けるようになれば、直ぐ報告書を持ってこい」と言い、電話を切ればいい。



明日になれば雨も止み、列車も動くだろう。


そうすれば久し振りに彼に会うこともできる…。




−−−だが、久し振りに彼の声を聞いてしまった私は、このまま電話を切るのが惜しくなってしまった。




しかし、無言のままではいつ彼に「じゃあ…」と電話を切られかねない。


私は何か話題を……、と視線を彷徨わせた。


そして私の視界に入ったのは机の上に置かれた、カレンダーだった。



(今日は7日だったか……)



ふと、浮かんだ話題を彼に話そうとすれば




「そっちも雨、酷い?」




受話器越に伝わった彼の声。



普段から私を邪険に扱う彼の事だから、てっきり電話を切りたがっているとばかり思っていたが、珍しく彼の方から話しかけてくれた。


他愛もない日常会話の切り出しだったが、彼もまだ私と話したいと思ってくれたのだと思うと嬉しかった。



私は視線を窓の外に移し、普段と変わりない口調で質問に答えた。




「そちら程ではないと思うが小雨がパラついているな…」

「そっか……」




いつもの彼なら悪態を吐き、私と厭味の応酬で席を立ってしまうのが毎度のオチだ。


だが、今はそんな気分にもならないのか彼は、ただぼんやりと返事を返してきた。



(彼も、宿の窓からこの雨空を見ているのだろうか?)




今度は私から彼に話しかけた。





「鋼の、今日は何の日か知っているかね?」

「今日?今日って………あぁ、東の国の七夕ってヤツだろ?」

「なんだ知っていたか」

「知ってたっていうか、オレ達が泊まってる宿に子供がいるんだよ。
だけど、この雨だろ?外で遊べないからってアルと二人して朝からずっと絵本読んでやってたんだ。
で、その子が持ってた絵本の中に、その七夕の話の本があったからさ…」






『七夕……、それは離れ離れになってしまった男女の物語。

織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者。
牛飼いの彦星もまた働き者だったので天帝は二人の結婚を認めた。

だが、結婚した二人は遊んでばかりで、いつしか織姫は機を織らなくなり、彦星は牛を追わなくなってしまう。

怒った天帝は二人を天の川を隔てた両岸に引き離し、年に一度、7月7日にだけ会うことを許した……』



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