Event Novels

□『Sweet Chocolate』
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「おや、久し振りだね」



ドアに付けられているベルの音に気付いてか、奥から店主でもある老夫人が顔を見せた。


此処に戻って来る度に、この雑貨屋には寄っていたので、既に老婦人とは顔馴染みになっていた。


オレは簡単に挨拶を済ませると、目的の物を見つける為に店の中へと足を進めた。



「あ、あったあった。
これ1つくれる?ミルクじゃなくてビターで」



と、オレが指差したのはレジカウンターに置かれた普通の板チョコ。



「おや、これでいいのかい?今日ならアッチじゃないのか?」



アッチと老婦人が指差したのはリボンの掛かったチョコが並ぶ棚。



「あれは女の人が買うもんだろ?」



言われるだろうと思っていたことを案の定言われ、思わず苦笑いしてしまう。



「博識な坊主でも知らないこともあるもんなんだねぇ。女性だけが贈り物をするっていうのは、ここ最近の話なんだよ」

「へ?そうなの?」



てっきり、バレンタインは女性が男性にチョコレートやプレゼント等を贈って告白するものだとばかり思っていたオレは、老夫人の言葉にきょとんとした顔をしてしまう。



「大昔のことなんだけどね、ある国で伝統的な祭りがあったんだ。

毎年、2月14日に未婚の女性達が紙に自分の名前を書き、それを集め、翌日に未婚の男性達がその紙を引き、紙に書かれた女性と付き合うという祭りがあったんだ。
だが、その祭りは風紀が乱れるとしてキリスト教の聖人を奉る行事に変わったそうだ」



老婦人の語るバレンタインの由来に思わず聞き入ってしまう。



「そしてその後、その日にはカードや花束を互いに贈り合う行事になった……。
それが今のバレンタインの原型だそうだ」

「最初から何か贈るっていう風習じゃなかったんだな」

「そうだよ。それに今じゃ、女から贈るのが当たり前のようになってるが、昔は男女関係なく贈り合っていたんだよ」

「随分詳しいんだな」

「まぁね。これでも長いこと生きてるからね。
…で、坊主は誰にもあげないのかい?」



ふふふっと、笑いながら老夫人はオレが指差したチョコレートを1枚取る。


「あ、あげない訳じゃないないんだけど……」

(少尉が教えてくれた方法だとあれは“あげる”でいいのか?)


言い淀むオレに老夫人は、ニコニコと笑いながら小さな紙袋にチョコレートを入れる。



「何をあげるにしろ、好きな人から渡される物はどんな物でも嬉しいものだよ」

「そうかな…」



ほら、と紙袋を差し出される。



「大丈夫だよ。坊主みたな可愛い子から渡された物なら誰も断りなんてしないさ」



誰に何を渡すかも知らない老婦人はそれでも、頑張りな、と笑顔でオレを送り出してくれた。



「大佐、喜んでくれるかな……」






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昼間は仕事しているのもあるが、大佐が他の女の人からチョコや贈り物を貰っている姿を見たくなかったオレは、時間をずらし、夕方になってから司令部に向かった。



大佐は執務室に居ると教えられ、様子を窺うようにそっとドアを開ければ、そこは机に向いペンを走らせる大佐の姿。


しかし、次にオレの目に入ったのは机の横に置かれた山盛りのチョコの数々だった。



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