『Rental』

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(やはり高校生か!?)

「実は年齢ウソです!ごめんなさい!!」と、言い出すことを期待して口元に注視する。
すると―――


「実は量子力学にも興味があって独学ではあるんですが勉強しているんです。
アームストロング教授は量子力学にも精通しているので講義終わりで手が空いている時に話しを聞かせてもらっているんです」

「そっ、そうだったのか…」

「期待とは違ったみたいですいません」


まるで私の考えを見透かしていたとばかりに彼はクスクスと笑う。


「これが事実なのか気になるなら今ここで教授に連絡して確かめてくださっても結構ですけど………どうされます?」

「いっ、いや!そこまでしなくても!!」

「そうですか?」

「そうです!」

「そうですか。そこまで言うなら…」

「はい…」


―――沈黙。

しかもタイミングが良いことに軽快なリズムを刻んでいたレコードのA面だかB面だかが終わってしまい、テーブルどころか店内まで静寂に包まれてしまった。

(…気まずい。これはかなり気まずい状況だ。
何か話題を、この場の雰囲気を変えるような、この状況を打破できるような話題を―――)

話のネタになるようなものはないかと視線を彷徨わせていると彼は徐にカバンから手帳と取り出すとペンを走らせた。


「すいません。帰り際に教授からホームパーティーの誘いを受けたので忘れない内にメモをと思って…」

「そ、そうか。メモを取るのは良い習慣だ」
(アームストロング家のパーティーと言えば有名私立大学の理事を務める豪傑な父と総長をしながら古武道の師範も務める文武両道の姉の友人たちが定期的に開催する“アレ”か……)

“ホームパーティー”と言えば親しい友人や知人なんかが手料理を持ち寄っては庭やテラスなんかで楽し気に談笑するアットホームな雰囲気を想像するがアームストロング家のそれは通常とは大きな差異がある。

まず、集まるのは大手製薬会社・某有名技研・Web業界にSier企業などの上場企業のトップ。学生も呼ばれるが理学博士に工学博士などの称号を持つ将来有望な者のみ。
食事もそこそこに手土産で持ち寄られた高級なワインを片手に各々独自の理論を説き、ディスカッションしては新たな見聞を深める。

昔で言うなら文壇バー。今で言うなら合評会に近く、研究内容・成果・今後の展望をセルフブランディングして上手くいけば資金調達だけでなく“太いパイプ”を作れることもでき、なんなら卒業後の就職先すらも見つけられることで有名な“ホームパーティー”だ。

概要を語るだけでも片頭痛が起きそうな場に私も何度か呼ばれたが全て断っている。
建前上「忙しいから」と言っているが、本音を言えば単純に面倒臭いからだ。

(そう言えば今回も学会の準備に追われているとか何とか適当な理由をつけて断ったんだった…)

「―−−で、理由はなんです?」

「え?」

「パーティーに参加しない理由です。
“何度も誘っているのに毎回断られてしまうんだ。どうすれば彼が来てくれるのか私には分からんのだ”と、教授は真剣に悩んでおられました」


身振り手振りで巨体で筋骨隆々な見た目に反して人情派で世話好き心配性な教授の口調を真似をする。


「人脈作りには絶好の機会だというのに何故いつも断るんです?理学部の“マスタング教授”」

「なッ!!?」


あまりの衝撃にテーブルに足をぶつけ危うくカップを倒してしまうところだった。


「人って本当に驚くとマンガやドラマみたいな動揺の仕方するんだ」


驚愕する私に彼はぷっと吹き出す。


「きききみっ!!わたっ、わたわたしをっ!!??」

「当然でしょ?」


吃る私に彼はニヤリと口端を上げ笑う。


「“寝れる講義のマスタング教授”と言えば学生の間じゃ知らない人はいませんからね。
まぁ、つまらないとか教え方が下手とか言ってるのは端から選択必修科目で単位が欲しいだけで講義に興味がないか、選択したくせに内容を全く理解できてなくて退屈だとか言ってるような人たちだけど……あ、オレンジジュースおかわりお願いしまーす」

「それが本来の君か…」


気怠そうに椅子にもたれオレンジジュースを飲む姿に呆然とする。


「普通なら相手の職業や素性を知ってたとしても言わないことになっていますが、共通の知人もいて詮索されて疑われたからには猫被るのにも限界がありますからね。
それにしても、まさか自分が通ってる大学の、しかも講義をとってる教授から指名がくるとは………てか、堅っ苦しい話し方もういい?お互い疲れるだろ」

「疲れると言っても砕け過ぎだろ!?それに目上の人間に対してその態度は何だ!!」


と、叱責できたらどれだけ良いか…。


ここで少し過去に遡るが、私は自分の感情を表に出すのが苦手な子供だった。

しかも人に頼るのも甘えるのも不得手で根本的に人と会話するのも続けるのも広げることもできない。その為、小中高大と友と呼べるものは皆無。
だが、それが幸いしてか同級生たちが遊んでいる放課後は勉強に勤しんでいたので学力順位は常に1位をキープ。進路も教師に薦められるがまま推薦で決まり大学までトントン拍子で進んだ。

親しい友人も作らず、無口で常に一人で行動している姿に周りの大人からは「協調性に欠ける」「コミュニケーション能力が極度に低い」などと揶揄されたが、同級生たちと違って自分は誰の手も借りなくて大丈夫。自分はもう“自立している”と思っていた。

しかし、年齢を重ねそれは拗れた。

人との物理的接触が極度に不得手になり、人間関係を構築する上で必要不可欠な会話や相互理解といった行為自体に面倒臭さ・必要性を感じなくなっていた。
それは風体にも言えることで、身なりに気を使ったことがなければ、助言をしてくれるような友人もいないから服や髪をどうこうしようなどと一度も考えたことがない。

―――結果この態様。現在のロイ・マスタングの出来上がりという訳だ。

子供の頃に自立だと思っていたそれはただの“孤立”だったと30歳を手前にして漸く気付き、大学教授という地位に就きながらも風俗紛いのサイトを利用しなければ助手一人も調達できない人間になってしまっていた。



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