小説U
□名前も知らない愛しい君へ
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愛してる
耳元でそう囁いた。
名前も知らぬ女を相手にだ。
あたしも愛してる
囁き返す女に名乗った覚えはない。
名前なんて野暮なことか。
男と女がいる。それだけでいい。
薬を仕込ませたカクテルはよく眠れるだろう?
脱ぎ散らかしたドレスとバッグから、マスターキーを頂いて行く。
名前も知らない君へ
愛してるなんて簡単に言っちゃいけないんだ。
俺みたいな仕事の人間には特に。
「裏切る女、裏切られた男か……」
手を合わせ、目を閉じる。
男は女に裏切られたと知らない。
これだから……愛なんて信じられない。
愛を知らないから平然と嘘を吐けるのだけれど。
題:ドルチェ