小説V

□死ぬなら俺に殺されろ。
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藤ノ山家の長屋に朝が訪れた。女中達は朝食の準備、洗濯に追われている。
子ども達は、まだ寝静まっているはずだった。

子鞠は自室の布団で眠っていた。そこに現れたのは一人の青年。

「手を離して」

首に手が添えられ、馬乗りになって見下ろされている。
睨み付ければ、愉快そうに喉を鳴らす。

「子鞠、死ぬ決心はついたか?」

耳元に近付き、低音で囁かれた。段々と力が込められていることに気付き、首を横に振る。

「ならば、俺のものとなる準備は?」

「馬鹿を言わないで。私達は兄と妹なのよ」

彼女の凛とした声を聞くと、青年は手を離した。
短い黒髪と目元に残る傷跡。鋭い目付きを覗けば、悪い容姿ではない男。
名は治郎という。
二十歳を迎えた兄は妹である子鞠に固執していた。

「死ぬなら俺に殺されろ」

この言葉は口癖のように贈られるもの。

「いやよ」

「お前が手に入らないのならば、命を奪うまで。お前を殺していいのは俺だけだ」

「物騒な冗談は笑えないわよ」

「俺は冗談は嫌いだ」

再び喉が鳴る。
治郎の生まれ持った性質か、環境が生み出した性質か、彼は普通では無かった。

女中達も怖れている。
新米の柾子は鈍いらしく、平気で話し掛けているが……。

治郎は布団の中へと潜り込んだ。勿論、子鞠を腕で囲み。

「まだ早い。俺は寝る」

物騒な言葉以外でも、彼は自己中心的な性格を発揮する。

彼が眠ってから逃げ出そうと、子鞠は静かにその時を待つ。




Title by 終末アリス
 

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